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かつて伊勢佐木町と馬車道にあったマルイは忘れられてしまった?

ココがキニナル!

昔、イセザキモールと馬車道にマルイがありましたが、誰も信じてくれません。開店・閉店の時期や、なぜ皆の記憶から消えたのかキニナル。(みゆみゆさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

伊勢佐木町は1965年開店1999年閉店、馬車道は1980年開店2000年閉店。2店舗展開の経緯は未詳だが、30代以上なら覚えている人は結構いるはず。

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ライター:永田 ミナミ

ワールドフーズいせーにて

 
創業65年。世界の菓子や酒、コーヒーなど食品を扱う「いせ一(いせいち)」


取材内容を伝えると快く応じてくださった。
 
戦後間もない1948(昭和23)年に創業した「いせ一」は、つまりマルイの開業から閉館までを見てきたことになるわけだが、代替わりしてしまっていることもあって、開店、閉店の年は覚えていないということだった。ただ、マルイのことはもちろん覚えているということで、奥様の肥沼(ひぬま)紀井(きい)さんと娘の麻井(まい)さんに当時の様子をきいてみた。
 


左から2代目店主の肥沼英司さん、紀井さん、麻井さん


紀井さんによると、すぐ隣だったこともあり、マルイには麻井さんを連れてほとんど毎日行っていたという。そのころは今の若者向けのファッションビルといった感じではなく、食器やソファなど何でもそろう「ふつうのデパート」という印象だったそうだ。
 
店員は若い気さくな人が多く、和気あいあいとしていた記憶があるという。一方、松坂屋には自分の好みを覚えてくれる店員がいたこともあって、洋服は松坂屋、生活用品はマルイという感じだったそうで「両方なくなってしまったのはとても残念」ということだった。
 


ありし日の横浜松坂屋(『OLD but NEW』より)


麻井さんの記憶に残るマルイは、 今のファッションビルへの発展途上といった感じだったということで、伊勢佐木町においては、やはり町のシンボルでもある松坂屋の存在感が圧倒的だったそうだ。

紀井さんの記憶に残るマルイは「インテリア館」時代、麻井さんの記憶に残るマルイは、現在のマルイシティ横浜への過渡期である「ヤング館」時代ということになるだろう。



開店年そして閉店年の謎を追う



伊勢佐木町にマルイがあった時代の様子についてはかなり詳しく聞くことができたが、開店、閉店について正確に覚えている人はいなかった。
 
そこで、加藤さんの話のなかの「90年代ごろに2階でCDショップを展開していた時期もあったと思う」という情報を思い出し調べてみると、ヴァージン・メガストアが日本においては丸井との合弁会社として設立されていたことがわかった。

これは手がかりになるぞ、とさらに調べていくと「1999.1.26 ヴァージン・メガストア横浜店(丸井横浜店イセザキ館2~3階)閉店」という情報を発見。

そこで、当時の神奈川新聞を調べてみると、1999(平成11)年1月22日に「26日に丸井イセザキ館全面閉鎖へ」という記事を見つけることができた。
 


全面閉鎖は「直接的にはレコード店の売り上げ減に伴う撤退が原因」


記事によると前年の1998(平成10)年8月にすでに4~8階は閉鎖していたというから、この時に「ヤング館」から「イセザキ館」に名前が変わったことが考えられる。

「イセザキ館」は1階雑貨売り場と2、3階のレコード店という形態になって半年後に閉館したのだ。記事には「雑貨売り場が馬車道館に統合され」「馬車道館1つに集約する」という判断を下したとあるが、実際には翌年に馬車道館も閉鎖することになる。

また、記事のなかに「同館は1965年に開業」という記述もあったので、ついに開店と閉店の年が判明した。ちなみに、1964(昭和39)年の記事には「本店 保土ヶ谷天王町商店街通り、支店 和田町商店街通り」とあるマルイの広告も発見。
 


1964(昭和39)年の記事では伊勢佐木町店の名はまだない




馬車道のマルイ



さて、伊勢佐木町店についてはかなりの情報と資料を得ることができたが、馬車道のマルイについては、商店街でも開店と閉店の年や当時の雰囲気、伊勢佐木町との客層の違いなど、いずれについても情報が得られなかった。
 
そこで、別の手がかりはないかと調べていくと、ビルの建設や賃貸事業を展開する三丸興業株式会社が建設した三丸馬車道ビルが、1980(昭和55)年に「丸井馬車道館」としてオープンしていたことがわかった。

お願いしたところ「三丸興業150年史」というページに掲載されていた丸井馬車道館の写真を提供していただくことができた。また、三丸興業が1980(昭和55)~2000(平成12)年に丸井に土地建物を貸与し、契約終了と同時に馬車道館が撤退したことも確認できた。
 


丸井馬車道館(三丸興業株式会社提供)
 

現在のマンションを伊勢佐木町側から眺める




街頭アンケートを取ってみる


 
1965(昭和40)年に丸井横浜イセザキ町店が開業し、1981(昭和56)年にインテリア館として再オープンするにあたり、おそらく現在のビルに立て替えられたものと思われる。

推測になるが、1980(昭和55)年に馬車道館が開業していることから、ファッションは馬車道、インテリアは伊勢佐木町といった分類が想像できる。馬車道が本館になり伊勢佐木町が別館扱いとなったという情報も見つけたが、確認はとれなかった。
 
さらにその後、インテリア館がイセザキヤング館となっていることから、両館ともファッションを扱うようになり、馬車道=大人、伊勢佐木町=若者という世代による分類に移行したと思われる。

その後、ヤング館はさらにイセザキ館に名称が変わる。
そして1996(平成8)年に横浜東口店が開業後、99(平成11)年にイセザキ館、2000(平成12)年に馬車道館が閉館することになった。この流れはスクラップ・アンド・ビルドがおこなわれたと捉えることもできるだろう。
 
最後に、伊勢佐木町と馬車道のマルイが本当に「皆の記憶から消えてしまった」のかを調べるため、イセザキモールを歩く30代以上の30人に「このあたりにあったマルイを覚えていますか?」というアンケートを取ってみた。
 
結果は30人中26人、約87%の人がマルイがあったことを知っていた。40代男性1人と20代女性3人を除けば、全員「知っている」という結果だった。
 


30代以上の人の記憶にはありし日のマルイが残っていた
 

マルイで積極的に買い物をしていたかどうかについてのコメントもいくつかもらった。個人の好みもあるので一概には言えないものの、「服のイメージはあまりなかった」「今のマルイとはだいぶ違う」といったコメントは、現在のマルイへの過渡期だったことの証言と見ることができるだろう。



取材を終えて



30代以上の人々に伊勢佐木町と馬車道のマルイは忘れられてはいなかった。ただ、20代以下にとってはマルイがあったのは小中学生時代ということになるから、記憶に残っていないのもしかたがないかもしれない。

新宿や渋谷から見てもわかるように変化に富む店舗展開をするマルイ。今回はマルイから直接情報を得ることができなかったため、さまざまな角度から紆余曲折しまくってマルイに迫らなくてはならなかったが、結果的に伊勢佐木町や月賦百貨店の歴史を深く掘り下げることができ、とても興味深い取材となった。

しかし一生のうちでこんなにマルイのことを考えることは、おそらくもうないだろう。


―終わり―

 

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  • 30数年前に馬車道の丸井のスポーツ用品コーナーでテニスラケットのガット張りのアルバイトをさせてもらってました。一本いくら(700円?)で一張り10分かからないから、かなりおいしかったけど本数がたまらないと行かなかったから急ぎの依頼が入ると呼び出されることもありました。社員の方達は若い方ばかりで親切&フレンドリーでした。懐かしいです。

  • 私は閉館直前の馬車道側に行ました。閉店セールのようなものをやっていて、2階だったと記憶していますが、Yシャツが催事場のようなところに大量に並んでいて、カラーシャツを買って帰りました。懐かしいです。

  • 丸井横浜店(伊勢佐木インテリア館と馬車道ファッション館)開店時のCMがありました。確実に存在していたんですね。https://youtu.be/ctg3Joud8eA?t=9m49s

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