横浜にある高尾山、八王子の高尾山との関係は?
ココがキニナル!
地図を見ていたら、すずかけ台駅の南側に「高尾山」という表示を発見しました。東京の高尾山と関係あるのでしょうか。また同じくらい眺めが良いスポットなのかどうか、確かめてきてください。(ときさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
東京の高尾山との関係性はあるようですが、正式なものではないようです。市街地は一望できますが、東京の高尾山には及びません。
ライター:河野 哲弥
いざ、横浜の高尾山へ
高尾山というと、八王子市にある標高約600メートルの山を連想してしまう。しかし投稿によると、横浜市緑区にも高尾山があるという。緑区近辺の地図にも、確かに「高尾山」の文字が確認できる。
東京工業大学すずかけ台キャンパスに隣接している
場所は、最寄り駅の東急田園都市線「すずかけ台駅」から、徒歩で15分程度のところ。
調査のため現地へ向かってみると、こんな標識が建っていた。
「飯縄神社(高尾さま)入口」と書かれた標識を発見
この先に高尾山があるのだろうか。とりあえず、左側に分かれる歩道を進んでいくことにした。
ものの2分で、頂上へ到着
入口の先に見えたのは、意外なことにビルと畑だった。そして、数百メートル先に、こんもりと茂った鎮守の森のようなところがあった。
こんな景色が広がっていた
頂上には、飯縄神社が祭られている
近くにあった「長津田十景」という案内板によれば、ここは緑区で一番高いところで、標高は100.5メートル。ここにある「一等三角点」は、横浜市内で唯一のものであるらしい。
飯縄神社すぐ脇にある、一等三角点の目印
南方の眺望はバツグン
この「一等三角点」とは、かつて目視を元に経緯度を測定していた頃の基準点で、「眺めがいい」ことの証拠でもある。南側を向くと、遠く瀬谷方面の市街地を一望できた。
しかし、投稿にあった「東京の高尾山と同じくらい眺めが良いスポット」かどうかは微妙。両山の標高を例えるなら、ちょうど今日開業した東京スカイツリー(高さ約634メートル)と、横浜マリンタワー(高さ約106メートル)ほどの違いがある。
八王子の高尾山との関係は
飯縄神社の由緒が記された案内板があったので読んでみると、「高尾山薬王院の飯縄大権現を勧請した」と明記してある。高尾山薬王院とは、八王子の高尾山にある寺院のことだ。
由緒が記された案内板
薬王院から分霊された、由緒ある神社なのだろうか
説明によれば、いつ頃この地に勧請されたのかは不明とのこと。しかし、少なくとも寛文6(1666)年の検地帳には、この周辺を指す「高尾原」という地名が確認できているそうである。
今回の投稿、これで一挙に解決かと思われたが、念のため高尾山薬王院に電話で確認してみた。すると、「正式に分霊されたという記録はどこにも残っていない」との回答。
一体、どういうことなのだろう。手がかりを得るために、飯縄神社を管理しているという同区の福泉寺を訪ねてみたが、対応頂いた住職も「実はあまり関係ないんですよ」と話す。詳しい話は、久保田さんという同神社の氏子の方がご存知とのこと。そこで、その方を紹介してもらうことにした。
高尾詣での集合場所だった、横浜の高尾山
訪れたのは、横浜の高尾山入口のすぐ向かいにある、その名も「高尾土木」という会社。突然の訪問にも関わらず、ご丁寧に出迎えて下さった。
おじゃました「高尾土木」外観
お茶とお菓子をいただきながら、参考文献を拝読
久保田さんによれば、江戸時代には不死を祈る「富士講」や、雨降り祈願のための「大山講」など、民衆による集団祈願が盛んだったそうである。ここ長津田の地も同様で、八王子にある「高尾山」へ、厄よけや家内安全などさまざまな祈願をする「講」が行われていたとのこと。
この「講」について残っている最も古い記録は、文化6(1809)年に行われた、古くなった飯縄神社を再建した時のものであるそうだ。建設資金を集めただけでなく、同時に厄よけ祈願を込めて、高尾山への護摩講が行われたらしい。
この護摩講とは、寺社などから渡される護摩札(各種祈願を受け付けたという証明書のようなもの)の授受を目的とした、集団祈願である。いわば、資金集めの名目といったところだろうか。
お借りした参考文献によれば、記録に残っている以前からこうした護摩講が行われていたとある。しかし、いつごろから「高尾山」と呼ばれるようになったのかについては記されておらず、正式な年代については不明。
護摩講によって再建、とある
久保田さんは、「高尾山とは、こうした高尾詣での集合場所という意味を込めて、名付けられたのではないか」と、話していた。
結論として、横浜の高尾山が、八王子の高尾山と何か関わりがあるのかと問われれば、その答えはイエスであろう。しかし実際は、「高尾山薬王院にお参りし、お札をもらって帰ってきた」といったところではないだろうか。
富士講における富士塚のように、身近なシンボルとして名付けられた横浜の「高尾山」。八王子の高尾山ほどではないが、少なくとも南方の景色はすばらしいものがある。近くへ寄ることがあったら、夕映えの市街を眺めに、訪れてみてはいかがだろうか。
―終わり―
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紀洲の哲ちゃんさん
2012年05月23日 19時59分
1月に取材された道正橋の近所ですよね!