検索ボタン

検索

横浜のキニナル情報が見つかる! はまれぽ.com

  • 36年ぶりに完全復活「横浜銀蝿 40th」。オリジナルメンバーで再結成!
  • 神奈川県内の横浜家系ラーメン店がどこにあるか地図からすぐわかる!横浜の観光情報「よこはまっぷ」
  • イベント開催、店舗オープン、新商品発売などリリース情報を配信したい方へ
  • はまれぽ.comにあなたのお店・会社を無料で掲載しませんか?

神田うのさんを徹底解剖!

ココがキニナル!

青春時代を横浜で過ごした、神田うのさんってどんな人?

  • LINE
  • はてな

ライター:山口 愛愛

横浜市内の小学校、高校に通い、横浜に愛着のある神田うのさん。

モデル出身の可憐な容姿からは想像できないぶっちゃけトークはいつもお茶の間の話題に。「UNO KANDA
」ブランドをはじめ、ファッションリーダーとしても注目されている。あの毒舌ぶりはキャラクターなのか、本音なのか、はまれぽが神田うのさんの素顔に迫る!今宵はどんなぶっちゃけトークが繰り広げられるか?
 

  神田 うの (カンダ ウノ) さん 
誕生日 1975年3月28日
出 身 神奈川県
血液型 O型
仕 事 モデル、タレント、
ファッションデザイナー
H P http://ameblo.jp/unokanda/




プロデュースの仕事で初めて責任感が芽生えた



―横浜にいた頃はどんな所に出掛けていましたか?

高校の頃は横浜駅で乗り換えをしていたので、ビブレでお買い物をしたり、カラオケに行ったり。あと、シェーキーズで合コン!はははは(笑)。相手は武相やら慶応やら。よく借り出されてね。横浜駅の付近でスカウトされたことも何度かあって、たくさん名刺をもらいましたね。スカウトマンがその辺で、狙ってるんじゃないの?うちの母は今でも女の子が街を歩けばティッシュ配りのように名刺をもらうと思っています(笑)
 


胸元のあいた白いワンピース姿はスタイルの良い神田うのさんならでは


―今でも横浜には来られますか?

友人が中華街でお店をやっていることもあり、時々食事に出掛けます。みなとみらいの辺りでショッピングをしたり。お仕事で行くこともありますし、今でも遠い感じがしません。

―横浜の印象や、気になることありますか?

横浜といえば「キタムラ」さん。あたしがデザインしたバッグを作ってもらったこともあるし、結婚式の引き出物もコラボしてフォトフレームを作ったんです。歴史のあるブランドがちゃんとモノを作っているイメージがあります。

―横浜市内の高校に通っている頃はもうモデルデビューしていますが、きっかけは?

芸能プロダクションから、何度かスカウトされていたんですが、興味がなかったのと両親の反対もあり、断っていたんです。ファッションには興味があったので、初めてモデルエージェンシーからスカウトされた時に、お洋服をたくさん着られる!と思って、両親を説得してモデルを始めたんですよ。
 


デビュー当時の写真。中学生の時に身長が伸び、モデルにスカウトされた


―タレントとしても活躍されていますね。

全くやる気はなかったんですけどねぇ。気付いたら、こんなになっちゃったみたいな(笑)篠山紀信先生の写真集「少女革命」を見た、オールナイトフジのスタッフさんに呼ばれて伺ったらいきなりMCをやることに決まったのが始まりで。ぶっちゃけで話したのがウケたらしく、事務所にも押され、オールナイトフジが2クール終わった頃にはレギュラー番組が10本も決まっていました。

―タレントをやっていてつらいことはありますか?

番組中は失礼を承知でおおげさに毒を吐いていたこともあったんですがプロデューサーが「うのちゃん、おもしろいよ!」って言うから、やってたら、マスコミにたたかれるし、嫌われるし(笑)モデルに戻りたいと思って、事務所に相談したこともありましたね。いつの間にかタレントになっていたので芸名をつける間がなく、本名のままデビューしたのがいまだに悔やまれます(笑)
 


いつの間にか事務所の所属も「モデル」から「タレント」になっていたそう


―逆に楽しいこと、嬉しいことは何ですか?

色々な種類のお友達ができて、可愛がっていただいて、ありがたいです。憲ちゃん(美川憲一さん)とか、相談に乗ってくれます。タレントになり始めの頃は木梨憲ちゃんやブラザーコーンさんが毎日のように遊びに連れて行ってくれましたね。

―タレントとしてこんなに売れると思っていましたか?

思っていませんでしたし、売れるつもりもなかったんです。当時は早くモデルに戻りたくて・・・。遊びの延長のような気持ちでやっていたと思います。番組中にウトウトしてしまい、メグちゃん(恵俊明さん)がそっと起こしてくれたこともありますね(笑)。今思うと申し訳なく思うところがあります。
 


十代の頃から雑誌モデルやCMで大活躍


―プロデュース業を始めたきっかけは?

グンゼさんのストッキングのモデルに起用された時に、ファッションセンスを買われ、アドバイスがほしいと言われたんですよ。それで、いろいろとアドバイスをしてたら、本格的なデザインを頼まれるようになったんです。
 


「UNO KANDA」の新作バッグとグローブは普段使いもデートにもOK!


―デザインはどんな作業をやられるんですか?

型紙から自分で作りますよ。ボディに合わせて布で作ります。不器用そうに見えるでしょう?図工と家庭科の成績はずっと「5」。数字が嫌いで算数は「1」をとったこともあります。図工でお友達の手伝いをして、テストの時にはちょっと見せてもらってみたいな(笑)