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横浜のココがキニナル!

「誰だと思ってるんだ?」、横浜が生んだ笑いの神「トレンディエンジェル」斎藤司さんを徹底解剖!

ライター:山口 愛愛 (2016年07月07日)

「お兄さん、トレンディーだね」「うん、トレンディエンジェル!」
ツッコミのたかしさんと、ボケの斎藤司(さいとう・つかさ)さんが決めポーズをとると、新宿・ルミネtheよしもとの劇場は黄色い歓声と大拍手が鳴り響いた。
 


十数組もの人気芸人がネタを見せる中、トップバッターとして劇場を温めるトレンディエンジェルの2人。中でも1番の盛り上がりを見せたのは、たかしさんの問いかけに「誰だと思っているんだ、斎藤さんだぞ!」とジャケットを開いた瞬間だった。

2004(平成16)年にコンビを結成。じわじわと高まってきた人気は、2015(平成27)年M-1グランプリの王者になったことで、不動のものに。

ノリにノッている斎藤さんはお笑いだけでなく『重版出来!(じゅうはんしゅったい)』のドラマ出演や、音楽グループ「ソナーポケット」のコンサートにゲスト出演するなど、幅広いフィールドを縦横無尽に走り回っている。

30歳まで横浜で暮らしていた斎藤さん。お笑い芸人では珍しく、社会人を経験してからの遅咲きだ。斎藤さんの地元、青葉台での思い出と意外な経歴を振り返ってもらった。
 

齊藤 司
誕生日: 1979年2月15日
血液型: AB型
職 業: お笑い芸人
所 属: よしもとクリエイティブ・エージェンシー




「田奈高生」と触れ合った幼少期から暗黒時代へ

―本日はよろしくお願いいたします。ネタを見させていただき、大爆笑しました。ものすごく盛り上がっていましたね。

ありがとうございます。きょうは、若い歓声がすごかったですね。(何度も頭を下げて)こちらこそ、よろしくお願いします。
 


この日は修学旅行生が多く、黄色い歓声に沸いた


―さっそくですが、斎藤さんが横浜出身というのはあまり知られていないように思いますが、在住期間は長いですよね。どちらでお生まれになったんですか?

母方の祖父母が町田に住んでいたので、生まれたのは町田市成瀬の病院なんですよ。そのころは鷺沼に住んでいて、そこから引っ越して幼稚園に入る前から青葉台ですね。

―どんなお子さんでしたか? 小さいころから人気者だったのでしょうか?

いやぁ、幼稚園のころから人見知りで。今でも変わらないですね、本当に。

自分から話しかけられないからこそ、その反動もあって話しかけられるように表に出ているというか。幼稚園のときは友達がいませんでした。小学生になったら話しかけてくれる人がいたので、そのおかげで友達ができ始めましたね。小学校では人気者に上りつめられたんですよ。
 


小学生のころはサッカークラブに所属


―人前で笑いをとるようなお子さんだったのですか?

やたら元気に走りまわっているようなタイプで、まわりからいじられ、リアクションをとる方でしたね。

人より早く喉ぼとけが出てたので、友達に指で喉ぼとけを押さえられて潰され、(声を震わせながら)「大丈夫ぅ」て、言うとか(笑)。子どものやることなんで、おもろくないですけどね(笑)

―いや、おもろいですよ(笑)。斎藤さんは、「歌うま選手権」などでも歌唱力も評価されていますが、子どものころから歌に興味があったのですか?

祖父母が居酒屋をやっていたんですよ。母親は歌が上手くて、僕も居酒屋でときどきカラオケを歌って、まわりの大人からおこづかいをもらうことがありましたね。
自分では歌が上手いとは思っていないんですけど。まぁ、もともとなんでしょう、生まれつきの才能でしょうね(キメ顔)
 


「僕、キメることしか分からない」と斎藤さん


―でしょうね(笑)。青葉区の奈良中学校出身とのことですが、地元で印象に残っていることはありますか?

恩田小学校の近くなんですけど、田奈高校の裏山に通称「へび山」といわれている山があって、探検して走り回っていましたね。

あるとき、友達が「わーっ!」と声を上げたんで駆けつけたら、「変態がいた!」と騒いでいて。「エロ本が落ちてたから近寄って行ったら、ブラ(ジャー)をつけてコートを羽織ったおじさんが走り回ってどっかに行った」って言うんですよ。その日から、「ヘビ山」は「変態ブラじじい山」に変わりました。
 


このあたりか? 変態ブラじじい山


―田奈高校の近くにそんな山があったんですね(笑)

当時の田奈高校って地元では「ヤンキー高校」のイメージがあって、髪の色も、それ何色やねん! っていうお兄さんがたくさんいたんですよ。

「スケバン刑事」みたいなのがいたから、たしかにあの高校に行ったら怖いなと思ってましたね。今は昔と違って、落ち着いたと思うんですけど。
 


田奈高校周辺は閑静な住宅街


桂台(かつらだい)に「ドカン公園」といわれる公園があって、そこで遊んでいると田奈高生がくるんですよ。子どもながら、心の中では不良っぽい人たちを軽蔑して見てたんですけど、いっしょにサッカーをやって遊んでくれて、すっごい優しいんですよ。田奈高生のイメージが急に変わりましたね。
 


青葉台駅北口。筆者も「はま旅」の青葉台編で、その辺りを巡った


―身近にいた田奈高生の印象が強く残っているんですね。

そうですね。小学生のころ、電車のドアにわざと指をちょっと挟むのが流行っていたんですよ。危険なので、やっちゃダメですけど。

青葉台から田園都市線で親と東京ディズニーランドに行くときなんかに、指をドアに挟んでいたのを覚えていますね。

あるとき、ドアが閉まる瞬間に指を挟んで涼しい顔して抜いたら、「おまえ、すげーな!!」と田奈高生だけが褒めてくれて(笑)、話しかけてくれて、しゃべったらいいヤツで。人は見た目じゃない、と思うようになりましたね。
 


ヤンキーも意外といいヤツいます

 

 
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