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みんなのキニナル

    7月1日・2日に横浜市開港記念会館100周年のイベントが開催されますが、その日に普段は非公開の「ジャックの塔」にのぼれるそうです。イベントも含め、のぼってきてください。

    黒霧島さん

    仲町台からセンター北の港北ニュータウンには池のある公園が多くあります。人工の小川が池に流れ込んでいますが、あの水はどこから来てるんでしょうか?

    山下公園のカモメさん

    関内にある、りせっとcafeが急遽閉店するとのこと。色々な芸人、アーティストのイベントがある楽しいカフェだったのに…最後のイベントもあるようなので、是非取材してください。

    絆マンさん

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横浜のココがキニナル!

横須賀の不入斗(いりやまず)で女児が金槌で殴られる事件が。横須賀の人に聞くと不入斗は昔から治安が悪い,、ヤバイやつが多いと・・・なぜ?地名も独特ですし(なっちゃんさんさん)

はまれぽ調査結果

悪評は軍都として発展を遂げてきた横須賀の負の遺産の連鎖だと思われる。ただ、現在は治安の悪さを感じさせない閑静な住宅街になっている

ライター:やまだ ひさえ (2017年05月26日)

2017(平成29)年1月23日、横須賀市で衝撃的な事件があった。

同日午後3時45分ごろ、横須賀市坂本町(さかもとちょう)1丁目の路上で、下校途中の小学校3年生の女子児童が背後から追い抜いてきた男に振り向きざまに鈍器のようなもので殴られた。
 


事件を伝える神奈川新聞の記事
 

事件はこの路地で起こったもよう
 

横須賀警察署は、現場近くの防犯カメラの映像から容疑者を絞り込み、事件から4日後の27日、傷害の疑いで容疑者を逮捕した。
 


容疑者逮捕を伝える神奈川新聞の記事
 

事件があったのは「坂本町1丁目」なのだが、キニナルの投稿者でも、ほかのインターネットの記事でも「不入斗町(いりやまずちょう)の路上」となっているものが多い。
 


「不入斗の路上」と報道するネット記事
 

なぜ、このような誤解が生まれたのだろうか。

地元出身の筆者が思い当たるのが、地理的な問題だ。実は、坂本町と不入斗町は隣接した地域なのだ。
 


赤い印の部分が坂本町1丁目
 

坂本町1丁目の右側に広がっているのが不入斗町なのだが、現在の不入斗町は、総面積163ヘクタール(163万平方メートル、横浜スタジアム約62個分)を有する総合運動場「不入斗公園」を中心に閑静な住宅街が広がっている場所だ。
 


公式競技が開催できる公園内の陸上競技場
 


メイン(左)とサブのアリーナもある
 


周辺にはマンションや住宅が立ち並ぶ
 

なぜ坂本町で事件が起きたのに、不入斗町の名が出てくるのか。國學院大學文学部兼任講師であり、横須賀市市史資料室で横須賀の軍事を中心に研究をしている高村聰司(たかむら・さとし)さんにお話を聞いてみた。
 


市史資料室がある横須賀市立中央図書館
 

高村さん
 

「不入斗に悪いイメージが付いて回るのは、横須賀が軍都だったことに関係していると考えられます」と高村さん。その真意を教えていただいた。



不入斗という場所

「不入斗」の地名の由来には、年貢(斗)を納める(入)必要がない(不)ほど位の高い人物の直轄地だったからとか、年貢(斗)として納め(入)る米が取れない(不)ほど土地がやせていたから「いりやまず」とついたなど、諸説ある。

東京湾に面した一寒村だった横須賀。その名が歴史の表舞台に登場するようになるのは、1865(慶応元)年9月27日、「横須賀製鉄所」の鍬入(くわいれ)式からだ。
 


明治時代初期の横須賀製鉄所(提供:横須賀市役所)
 

江戸幕府の終焉(えん)により明治新政府に全権が移譲。1871(明治4)年には「横須賀造船所」と名称を変更した。海軍省の所管となり、艦船や軍事物資の生産が急ピッチで行われた。

さらに1884(明治17)年に横須賀鎮守府が設置されたことで、本格的に軍都としての発展が始まった。
 


大正時代初期の横須賀鎮守府(『ふるさと横須賀』より)
 

拡大を続ける海軍に一歩遅れをとる形で陸軍の拡充も行われていった。

明治10年代には東京湾沿いに砲台が次々に設置され、東京湾要塞地帯が形成。総括するための「東京湾要塞司令部」も設置された。
 


東京湾要塞司令部(『横須賀案内記』より)
 

「陸軍の部隊が置かれたとはいえ、規模は海軍のほうが大きかった。海軍の街にあった陸軍。軍都・横須賀で、陸軍はそういう立場でした」と高村さん。

横須賀は三浦丘陵が貫く街。海岸線にのびる平地から一気に丘陵になっている。

移動がしやすい海岸線がある、下町(したまち)と呼ばれる場所に部隊や施設を配備していたのは海軍。一方の陸軍は丘の上、上町(うわまち)と呼ばれる場所に施設を配備した。そこが不入斗だ。
 


不入斗に陸軍の施設が集中していた(『新横須賀市史別版軍事』より)
 


海軍と陸軍を結んだ平坂。かなり急坂だ。
 

陸軍は、東京湾要塞司令部を中心に、横須賀重砲兵連隊、陸軍不入斗練兵場を配備していた。
 


東京湾要塞司令部の跡地は現在、「横須賀市立うわまち病院」に
 

1890(明治23)年、砲台の砲兵を教育・訓練するため、不入斗に「要塞砲兵第一連隊」が誕生。翌年、「東京湾要塞砲兵連隊」と改称し、日露戦争にも出兵した。

その後、幾度かの改称ののち、1920(大正9)年、「横須賀重砲兵連隊」となった。明治時代に作られた貴重な遺構は、横須賀市立桜小学校、坂本中学校の門として現在に残る。長さ150メートルもある兵舎は、東洋一の規模を誇った。
 


横須賀重砲兵連隊(『横須賀案内記』より)
 

現在も営門が残っている
 

大正時代初期の重砲兵連隊兵舎(『ふるさと横須賀』より)
 

桜小学校の校庭には連隊跡の碑がある
 

重砲連隊の所属していた兵たちの訓練のために造成されたのが、不入斗練兵場だ。乗馬の練習、射撃訓練などが行われた。
 


陸軍不入斗練兵場(『横須賀案内記』より)
 


現在は前述した不入斗公園になっている
 

陸上競技場や総合体育館、温水プールなどがある市民の憩いの場だ。
 


軍の施設であったことの転用を伝える「軍転記念の塔」
 


広大な敷地を有していたことが分かる
 

明治時代から太平洋戦争まで陸軍の施設があった不入斗。なぜ、現在まで風評被害が続いているのか。その背景には横須賀で大きな権力を持っていた海軍の存在があった。


海軍の「負の遺産」とは?・・・キニナル続きは次のページ≫
 

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