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はまれぽ市電跡捜索隊~蒔田駅前にある分離帯は駅の名残?

はまれぽ市電跡捜索隊~蒔田駅前にある分離帯は駅の名残?

ココがキニナル!

今でも横浜市電の名残を見ることができる場所や物はありますか?(多々野親父さん/王道16文さん/Bayside Breezeさん)

はまれぽ調査結果!

市内にわずかに残された市電の面影を求めて元沿線を捜索! 今回は蒔田駅前の「電停跡?」を調査したが、残念ながら市電の関係物ではなかった・・・

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ライター:はまれぽ編集部

かつて横浜市内を走り抜けていた市電。1974(昭和49)年に廃線となるまで、多くの市民を運ぶ貴重な交通手段となっていた。
 


久良岐公園に保存・公開されている1156号車両(過去記事より)
 

市電の車両については、その保存状況を調査したことがあるが、軌道などの名残はもうほとんど残されておらず、市電専用だった麦田トンネル以外にないという調査結果だった。

だが、その後も「これは市電の名残では」「本当に残っていないのか」といったキニナルの声が寄せられている。そこで改めて、かつての市電駅の周辺を中心に、「これはもしかして市電の面影?」というポイントを調査していくことにした。

今回は、記事へのコメントでも寄せられていた鎌倉街道の「中央分離帯」へ。
 


市営地下鉄ブルーライン蒔田駅1番出口を出てすぐ
 

確かに鎌倉街道の真ん中に中央分離帯が見える

 
街道の中央を走っていた市電。その乗り場は当然道路の真ん中にあったはず。かつてのプラットホーム(電停)が、今では中央分離帯になっているのだろうか。
 


こちらは六角橋電停の様子(神奈川区デジタルライブラリーより)
 

電停跡にしか見えなくなってきた

 
蒔田駅周辺には広い公園や学校、神社や商店などが集まり、かつてのにぎわいを伝えているようだ。ここにあった駅と中央分離帯の正体について、横浜市電保存館にうかがってみることにした。



可能性はあるけれど・・・
 


横浜市電のことならば、ここに聞くのが一番!

 
横浜市電保存館の武藤隆夫(むとう・たかお)館長にうかがうと、「確かに鎌倉街道の現蒔田駅前は、かつて市電の『宮本町三丁目駅』があった場所と一致するようです」といい、電停跡の可能性があるかもしれないという回答。
だが、同館や都市発展記念館には、当時の宮本町三丁目駅の構造やはっきりした様子を写した写真や資料は残されておらず、正確なことは分からない。
 


当時の地図にも電停の形までは記載がない

 
終点や乗換駅など、多くの乗客が利用する停車場ならば写真資料が残っている場合もあるが、当時はカメラも貴重で、途中駅の様子が写ったものはなかなか残されていないようだ。

一方で、「電停そのものの跡かどうかは微妙」という情報も。蒔田駅付近は、市電廃止後に市営地下鉄の車両が搬入された地でもあるのだ。
 


今でも駅前に、その歴史を伝える案内板がある

 
地下鉄工事の際に地上部分も大きく工事されており、武藤館長が問い合わせてくださった都市発展記念館の方も「わざわざ電停跡を残すというのは考えにくいのではないか」と話していたそうだ。
 


実際の搬入地点は、蒔田駅よりも少し弘明寺方面に下ったところ