港北区綱島東のパナソニック跡地には何ができる?
ココがキニナル!
港北区綱島東のパナソニック跡地が何になるのか気になります。ショッピングセンター説、コストコ説など様々な噂が独り歩きしている状態なので是非とも調べてもらいたいです。(jetstarさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
法令により、同地には2年間のモニタリング期間が義務づけられており、事業計画は現在白紙状態。今後、地元や行政と連携を取りながら進めていく模様
ライター:河野 哲弥
さまざまな臆測が飛び交う、かつての本社工場跡地
この数年、工場などの跡地に大型施設を誘致するケースが、各紙面をにぎわせている。
例えば「ららぽーと横浜」もその一例で、元は日本電気横浜事業場の跡地であった。
また、先日掲載した磯子区の「プリンスホテル跡地」には、大規模なマンションなどが建設されている。
今回投稿があった、パナソニック事業場跡地の様子
今回の投稿も、綱島駅近くにあるパナソニック事業場の跡地についてのもの。
今後どのような利用がなされていくのだろうか。まずは現地の様子と、その歴史から振り返っておこう。
旧・松下通信工業の本社が、この地へ移転
同地を所有するパナソニック モバイルコミュニケーション株式会社は、スマートフォンに代表される通信機器や、通信システムを開発している。旧社名は松下通信工業といい、1958(昭和33)年大阪市の門真市に設立された。(松下電器製作所はそれ以前から存立)
それからわずか2年後の1960(昭和35)年5月、首都圏に分散していた各事業所の統合と機能拡大のため、この地に綱島本社工場が建設されることになった。
その敷地面積は約3万8000平方メートル。
東京ドームの面積と比較するなら、その約8割という敷地である。
完成当時の、綱島本社工場の様子
(資料提供: パナソニック モバイルコミュニケーションズ(株))
その後1967(昭和42)年には、鴨居駅に近い佐江戸に新工場を設立。その敷地面積は約12万2000平方メートル、同じく東京ドームに例えると、約2.6倍という規模である。
創立10周年の節目となる同年、横浜には、同社のふたつの工場が稼働していたことになる。
以後の歴史は省略するが、2005(平成17)年に本社が佐江戸へ移転すると、綱島工場では生産は行われなくなった。そして2011(平成23)年の3月末、パナソニックグループの業務効率の向上や合理化を図るため、綱島工場は閉鎖に至った。
閉鎖直前の、綱島本社工場外観(資料提供:同社)
これを受け、地元綱島の自治会は、跡地活用に関する要望書を市や同社に提出した。
しかし一年が経過した今になっても、具体的な動きは見えていないようだ。
そればかりか、投稿のようなウワサが独り歩きしているようである。
その真相はどうなっているのだろう。
さっそく、パナソニック モバイルコミュニケーションズ株式会社に取材を申し込んでみた。
ネックとなるのは「土壌汚染対策法」
対応頂いたのは、広報室の岩切さんと、跡地の管理を行っている施設チームの関口さん。
実は同社でも、根拠のない流言には、頭を抱えていたところだったという。
火消しをする意味でも取材に協力したいとのことで、今回の面談がかなうことになった。
岩切さん(左)と、関口さん(右)
結論からすると、まだ何も決まっていないというのが実情らしい。その理由としては、環境省が定める「土壌汚染対策法」にあるとのこと。
この法律は、「有害物質使用特定施設が設置されている敷地の土地所有者等は、当該特定施設の廃止時に土壌汚染状況を調査しなければならない」という規定で、同地には2年間のモニタリング期間が義務づけられているそうだ。
土壌・地下水浄化工事が行われている、現地の様子
このため同社では、本年3月末の終了を目標に、土壌などの浄化工事を行っている。その後2014(平成26)年の3月末までは、法令で定められた手順に従い、異常値などが検出されないかどうか調査を続ける必要があるそうだ。これをクリアしてはじめて、その後の事業計画がまな板の上に乗るのである。
また同社では、同法よりも一段と厳しい基準をもって、工事に臨んでいると話す。
対象となる物質以外のものでも、自主規制により、浄化を進めているそうだ。
現地の看板にある、概要と工程表の様子
従って、今はまだ跡地利用を問える段階には至っていない。
一種の不良資産となっていることは否めないが、粛々と法令に従うしかないとのことだ。