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ココがキニナル!

「横浜外国人墓地」が財政難に陥っており、埋葬されているスイス人時計師の一族が創業した会社が、墓地の整備と募金活動をしているらしい。ハマっことしてこれはキニナル。(brooksさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

横浜外国人墓地は財政難ではなく財政不安定状態。スイスの有名時計ブランドであるジラール・ペルゴを販売する会社が、募金活動の広報に協力している

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2014年10月17日

ライター:松崎 辰彦

日本に時計を持ち込んだフランソワ・ペルゴ

「ジラール・ペルゴ」はスイスの時計ブランドで、機械式高級腕時計で知られている。
その設立は1791(寛政3)年にさかのぼる。
創立者の一人、マリー・ペルゴの弟である時計職人フランソワ・ペルゴが12個の懐中時計とともに横浜に上陸したのは1860(万延元)年のことだった。当時はまだスイスと日本の間に国交がなく、フランスに身元引き受け人となってもらっての来日だった。
 


フランソワ・ペルゴ(1834~1877)(画像提供・ソーウインド ジャパン)
 

 

フランソワ・ペルゴが輸入した、ジラール・ペルゴの懐中時計
(画像提供・ソーウインド ジャパン)


彼は横浜を拠点として時計の販売に力を注ぐが、そのころの日本は日の出と日の入りを基準に十二支で時間を示す「不定時法」で、欧米の1日を24分割する「定時法」とは異なっていたこと、また当時の時計は非常に高価で、一般庶民には容易に購入できるものではなかったことなどから、相当の困難を伴ったビジネスだったことが、現在残っている資料からも分かっている。
 


時計を作る日本人時計師 19世紀初頭
(画像提供・ソーウインド ジャパン)


1864(元治元)年にようやく日本とスイスの間で修好通商条約が締結され、ペルゴの地位は確かなものとなった。
ペルゴは1877(明治10)年12月18日、横浜で43年間の生涯を閉じるが、その間、ビジネスに励む一方で、スイス・ライフル・クラブの会長に就任するなどの記録が残っている(同クラブが大和町で大会を開いた写真が残っている。『かつて中区大和町に巨大な射撃訓練場が存在していた!?』)。
  


スイス・ライフル・クラブの射撃大会「The Far East」より(画像提供:長沢博幸)


会員には西郷隆盛もいたというから、ペルゴと西郷は言葉を交わしたかもしれない(なお、西郷はスイス時計メーカー「ロンジン」の懐中時計を愛用したといわれている)。
 


スイス・ライフル・クラブ「The Far East」より(画像提供・ソーウインド ジャパン)


ペルゴは横浜外国人墓地に葬られるも、その後訪れる人もなく、長い間無縁仏の状態だったが、2000(平成12)年に入り、彼の存在に光が当てられるようになった。
ソーウインド ジャパン社の広報担当である加藤祥子(さちこ)さんにお話を伺った。
 


ソーウインド ジャパン社入り口


「2000年代になって、フランソワ・ペルゴのお墓が外国人墓地にあるらしいということが分かってきました。やがて時計にくわしい作詞家の松山猛(たけし)さんらの調査でペルゴのお墓が特定され、当時のジラール・ペルゴ社会長も来日してお墓参りをしました」
 


フランソワ・ペルゴの墓所


外国人墓地は関東大震災で埋葬資料が焼かれ、また多くの墓石が崩れるなどしたため、それ以前の情報が断絶してしまい、埋葬者など不明な点も多い。ペルゴの墓所も、歴史の移り変わりの中で忘れ去られていたのである。
 


「1877年12月18日 横浜に眠る 友人たちより」


ペルゴの墓所発見以来、命日の12月18日には関係者が墓参をしていたが、やがて墓所周辺の環境があまりに劣悪であることが話題になった。枯れ木や落ち葉はもとより、瓦礫や産業廃棄物なども散乱しており、見かねたソーウインド ジャパン社有志らが2014(平成26)年6月に清掃を行った。
 


 

 

 

 

 

 

フランソワ・ペルゴの墓所の清掃をした(画像提供・ソーウインド ジャパン)


現在、フランソワ・ペルゴの墓所周辺に関しては本格的な整備計画が進行しており、費用面でソーウインド ジャパン社も協力するとのこと。

「また、私どもはこれを契機に横浜外国人墓地全体の維持を考えて、募金に関する広報の協力も行っています。これは私どもが募金を集めるということではなく、外国人墓地に直接募金をしていただくよう、皆様に広くご案内するということです」
整備は今年中には完了したいとの話であった。



横浜も外国人墓地を助成すべき

「ボクがフランソワのお墓を発見したというよりは、当時そういう機運が高まって一気にみんなで見つけたということですね。誰が発見したか、なんて意味ないですよ」
松山猛さんはいう。

松山猛──歌謡曲通、あるいは時計通は、この名を聞いてピンとくるであろうか。そう、彼こそはザ・フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』の作詩や名曲『イムジン河』の訳詞ほか、数多くの歌詞をなした作詩家・編集者であり、また時計やカメラにもくわしく、“時計王”の異名を持っている人物である。
 


松山猛さん


横浜・元町の時計販売店『コモンタイム』でお話を伺った。
 


横浜・元町の時計販売店『コモンタイム』


「フランソワのお墓が外国人墓地にあるであろうことは分かっていました。代理店の人と、いつか彼のお墓を見つけないとね、なんていう話はしていたんです。当時の日本とスイスの架け橋となった人を讃えようや、ということでした。
フランソワは一族の期待の星で、今度日本が開国するらしいから、行ってこようということだったんです」

フランソワの墓所発見当時は開港150周年記念などのイベントも重なり、横浜の歴史に関心が集まった時期でもあった。
ジラール・ペルゴというブランドについて、
「とてもまじめでぶれない、スマートな会社です。質実剛健な時計です」
と評価する。
 


質実剛健なジラール・ペルゴの腕時計


「フランソワのお墓はあんな立派なのに、無縁になっていたのは不思議ですね。これからソーウインド ジャパン社が管理することになるのでしょう。ボクたちはボランティアですから、それをお手伝いするだけです」と微笑む。
時計好きが嵩じて腕時計を扱うようになったという『コモンタイム』の社長、田中孝太郎さんはいう。
「ジラール・ペルゴのような機械式時計は、世代を超えて使用が可能です。値段は高価ですが、ご自分が買われてからお孫さんへ受け継がせる、といったことができます」
 


田中孝太郎さん。腕にするのはジラール・ペルゴ“ww.tc”
(限定品で、すでに完売している。販売当時の価格100万円)

 

松山さんも田中さんも“外国人墓地は貴重な文化財。横浜市も積極的に助成を行うべき”と提言する。

外国人墓地の財政について、横浜市行政はどう考えているのだろう。
横浜市が行政として特定の団体等を助成する場合、各課がそれぞれ対応しているが、文化財の調査・保存を担当する生涯学習文化財課に伺うと、「外国人墓地は横浜市文化財条例に基づくところの“文化財”に該当しないので、補助等を行うことはありません」との返答が得られた。
もし“文化財”として助成を求めるならば、当然ながら外国人墓地も文化財として登録することが義務づけられ、その場合は運営方法などに変更が生じる可能性があるという。

かつて、建物の建て替えに際して横浜市と神奈川県は資金的に援助したというが、定期的な助成というものはないようである。

日本に始めてスイス時計を持ち込んだフランソワ・ペルゴ。その墓所を巡って横浜外国人墓地全体の財政状況に光が当たった。今後、どのような経緯をたどるか見守りたい。



取材を終えて


「まだ20代の青年が、言葉もわからない外国にわたり、時計を売ろうと奮闘したわけです。最近の日本の若者は内向きになっているといいますが、こうしたフランソワ・ペルゴの気概に、学ぶところがあると思います」
ソーウインド ジャパン社の加藤さんはいう。

横浜在住の際、彼にはエドワード・シュネルという共同経営者がいたが、シュネルは幕府と朝廷の戦いに乗じて武器を売ることを計画する。しかしフランソワはシュネルと袂を分かち、自分の会社を設立した。平和主義者のフランソワ・ペルゴは、時計職人として生きる所存だったのだろう。43歳の死は無念であったろうか。

「現在、人がお参りしてくれるお墓はハッピーです。しかし今回のフランソワのお墓のように、無縁だったお墓でも、縁ある人が積極的に関わってくれるようになれば、墓地もにぎやかになるのではないでしょうか」
松山さんはいう。
墓地マネージャーの樋口さんによれば、現在、全体の7割の墓地が無縁化しているという。
外国人墓地という性格上、予想される事態ではあるが、維持管理が難しくなることも避けられない。検討を要する問題である。
 


全体の7割が無縁化しているという横浜外国人墓地


このたびのソーウインド ジャパン社の行動には、企業と文化はいかにあるべきかを考えさせられた。機械式高級腕時計は、200万円、300万円が当たり前の世界である。そうした企業が、自分たちの創始者を讃えて文化保存に乗り出す好ましい先例を作ったと、今回の件はいえないだろうか。
 
 
─終わり─
 
 
取材協力
横浜外国人墓地
http://www.yfgc-japan.com/

ソーウインド ジャパン株式会社
http://www.sowind-japan.jp/

株式会社CHARMY
http://common-time.jp/
 

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  • 横浜外人墓地に眠る人達と言う本を読みました、それぞれ思いは違うが、色々な職業の人達が眠っています、それは日本が近代国家になっていく過程で、貢献した人達も居て、尚且それが現在にも繋がっている 鉄道技師のエドモンドモレル等、この事件が起きなかったら日本の歴史も変わっていたかもしれない、生麦事件の被害者リチャードソンのお墓 これらは単なる外人のお墓ですかね? 歴史的視点から横浜市を越えて今の政府が予算を組んで保護すべきです、オリンピック会場建設予算の千分の一のでもいいからさ。

  • この問題の本質は、なぜ外国人の墓が観光施設となっているのか、ということです。非常におかしなことだと思う。本来、遺族のものなのだからから公的補助は必要ない。ボランティアでやってくれと言うしかないでしょうね。

  • レポートの始めに、ウイリアムズ水兵がマストから墜落死とありますが、この記述は誤りだと思います。ウイリアムズは海兵隊員で、マストには登らないはずです。

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