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有名な戦国武将・毛利氏の発祥は、神奈川県厚木市だったって本当?

有名な戦国武将・毛利氏の発祥は、神奈川県厚木市だったって本当?

ココがキニナル!

NHKの名前バラエティー番組で、毛利氏の発祥が神奈川県だったと。詳しくは触れてくれなかったので、調べて下さい。(ホトリコさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

毛利氏の発祥の地は、現在の厚木市にあった毛利庄で、鎌倉時代の毛利季光が毛利氏の祖。激動の時代を生き抜きながらいくつかの土地へ移り、戦国大名毛利元就や、幕末の長州藩主の毛利氏につながっている。

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ライター:ハヤタミチヨ

毛利氏発祥の地・厚木市を訪ねる



では、毛利氏のルーツとなる毛利庄とは、厚木市のどこだろうか。地図を見れば、確かに厚木市には「毛利」のついた地名がある。この地に毛利氏が関係していたのだろうか?

 
厚木市に「毛利台」という地名がある
 

厚木市に問い合わせたところ、文化財保護課の方にお話をきき、「あつぎ郷土博物館」を訪ねることになった。

 
毛利氏発祥の由来
2019年1月にオープンした博物館。厚木市のキャラクターあゆコロちゃんがお出迎え
 
毛利氏発祥の由来
お話をうかがった山岡裕子(やまおか・ひろこ)さん
 

学芸員の山岡さんによると、毛利氏発祥の地は確かに厚木市にあった毛利庄だと考えられているそうだ。しかし、「大江広元が頼朝からもらい、子の季光(すえみつ)に受け継がれた毛利庄の場所は、特定できていないのです」とのこと。「毛利庄は『上毛利庄』と『下毛利庄』に分かれていたようですが、大江広元がその全部を持っていたのか、あるいはその一部、上と下のどちらかを持っていたのかも、よくわからないのです」。細かい史料が残っておらず、この時代のことは不明なことが多いようだ。

ただ、毛利庄の範囲を知る手掛かりはある。まず、”上”と”下”の毛利庄の範囲については、山岡さんによれば、「厚木市内に南毛利(なんもうり)地区があり、そこは下毛利庄だったのではないかと考えられます。そうなると、必然的にその北のあたりが上毛利ではないかと」とのこと。後に筆者が厚木市史を調べたところ、厚木市との境界にある愛川町八菅神社(はすげじんじゃ)に残る1542(天文11)年の鰐口(わにぐち/寺や神社で利用する道具の一種)に「愛甲郡上毛利庄」と記されており、少なくともここは上毛利庄だったと考えられる。となると、現在の厚木市南端から北端というかなり広い地域のようだ。
そして山岡さん曰く「季光の屋敷が、飯山の光福寺のあたりにあったのではないかとも考えられています。ざっくり、このあたりという感じなのですが」。

 
毛利氏発祥の由来
毛利庄関連スポットの位置関係(© OpenStreetMap contributors
 

飯山は、厚木市でも観光スポットの飯山観音として知られる真言宗の長谷寺(ちょうこくじ)で有名なエリア。鎌倉時代にも飯山観音は既に知られている寺で、当時は長谷寺の門前町がこのあたりの中心地だったのではないかと思われるそうだ。地図で見ると、季光屋敷があったといわれる飯山は、毛利庄のちょうど真ん中あたりに位置する。

 
毛利氏発祥の由来
長谷寺と季光屋敷の付近とも推定される光福寺の位置関係(© OpenStreetMap contributors
 

なぜ飯山の光福寺近辺が季光屋敷と推定できるのだろうか? 山岡さんによれば「季光の時に、隆寛(りゅうかん)という法然(ほうねん)上人のお弟子さんにあたる僧侶を、季光の住所である飯山に匿ったという史料があります」とのこと。この史料は『法然上人行状絵図』で、『厚木市史』中世史料編にも掲載されている。

 
毛利氏発祥の由来
法然上人行状絵図解説(国立国会図書館デジタルコレクションより
 

赤線で示した文には

“律師をば西阿か住所、相模国飯山へ相具したてまつる。”

とある。

“律師”が、法然の弟子である隆寛(りゅうかん)という僧侶を指し、“西阿(さいあ)”若しくは“森の入道”は、毛利季光を指す。“森”は毛利だ。僧の隆寛が飯山へ匿われた経緯は後に記すことにして、ここには確かに“律師”隆寛が“森の入道”の”西阿”すなわち毛利季光の住所の相模国飯山へ一緒に行ったことが書かれている。そして、飯山の光福寺は、この隆寛を開基とするお寺だ。これを、飯山にある季光の屋敷に一緒に行ったと捉えるか、単に季光の屋敷がある飯山へ連れて行ったと捉えるか、解釈に迷いそうだが、ともあれ、これにより、厚木にあった毛利庄、中でも飯山と毛利季光が深く関わり、毛利氏発祥の地とされる説得力も増してきた。

ただ、現在、厚木市には毛利氏に関して残るものはほとんどなく、史料も少ないため、詳しいことがあまりわからない状況とのこと。山岡さんの赴任前のことだが、2001(平成13)年の大河ドラマ『北条時宗』で高橋英樹さんが演じる毛利季光が登場し、そのスタッフが取材に訪れたこともあるが、出せる資料がほとんどなかったと聞いているという。

 
毛利氏発祥の由来
毛利季光に関する資料としては、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡(あづまかがみ)』があった
 

郷土博物館には毛利氏に関する展示はほとんどないが、展示はなかなか。中世は、博物館イチオシの「愛甲三郎」の解説や、戦国時代に小田原城主だった北条氏の制札(立札)などが目を引く。じっくり見学したいが、とりあえず、毛利氏ゆかりの地を訪ねに行こう。

 
毛利氏発祥の由来
あつぎ郷土博物館の「中世の展示」