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みなとみらいは昔、どんなところだったの?(前編)

ココがキニナル!

みなとみらいって昔はどんなだったんですか?(ハ毛さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

みなとみらいができるまでは造船所だった。その名残であるドックヤードがランドマークの脇に残っている。

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ライター:松崎 辰彦

みなとみらい(正式名称「横浜みなとみらい21」)は横浜駅東口地区、中央地区、新港地区合わせて186ヘクタール(東京ドームの約40倍)からなる地域である。
 


黄色い部分がみなとみらい『みなとみらい21インフォーメーション』
(〈社〉横浜みなとみらい21他 企画・発行より転載)


この中にはランドマークタワーをはじめ、赤レンガ倉庫やパシフィコ横浜といった個性ある建物が立ち並び、多くの観光客を集めている。2010(平成22)年の来街者数は5800万人。就業人口7万9000人、進出企業1420社という日本を代表する都市である。
 


みなとみらいの象徴 ランドマークタワー




もともと海だったみなとみらい



横浜は、埋立を繰り返して拡張してきた歴史を持っている。
結論から言えば、現在のみなとみらいは開国前は海であった。
 


横浜は埋立によって発展してきた
(図表提供・横浜市港湾局企画調整部企画調整課)


この図からわかるように、みなとみらいの多くの部分は1983(昭和58)年以降に埋め立てられた土壌であり、それ以外の土地も、もともとは海だった場所を人工的に陸地となしたものである。
 


造成中のみなとみらい。桜木町から高島方面を見て
(横浜市史資料室広報課写真資料)




埋立がみなとみらいを作った



横浜の歴史を考える上で、埋立は重要な意味を持っている。

みなとみらいは桜木町駅に近接するが、桜木町駅こそ初代の横浜駅である(1915〈大正4〉年に桜木町駅に改称)。そしてこの初代横浜駅が日本で最初に鉄道が開通した駅である。

この日本初の鉄道も、埋立工事によって実現した。1872(明治5)年5月7日に日本初の鉄道が品川と横浜の間で開業し、6月5日にその途中駅として現在の神奈川区金港町付近に神奈川駅が設けられた(このあたりの経緯ははまれぽ記事『しょぼい駅「神奈川駅」。名付けられたその真相は!?』に詳しい)。
 


初代横浜駅の様子


このときにできた線路は現在の根岸線とほぼ同じルートだったが、この線路も1870(明治3)年に始まった埋立工事でできた土地の上に敷設されたものだった。それまでこのあたりは海だったのだ。

この工事を請け負ったのは横浜の父ともいうべき豪商・高島嘉右衛門である。彼が自ら埋め立て、そして工事代金の代償として受け取った土地が、その偉業を記念して「高島町」と命名された。 

その後もこの付近で埋立工事が行われ、現在のみなとみらいに当たる土地ができ上がっていったのである。