横浜道を分断していた大踏切が撤去された経緯は?
ココがキニナル!
「横浜道(よこはまみち)」って歴史的にもかなり重要な道だと思うのですが、実際に歩いてみると西区平沼の線路で見事に分断されていて驚きます。大踏切が撤去された経緯がキニナリます(濱のホタルさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
「遮断時間が長い踏切道は除去を推進する」という国の政策に基づき、平沼橋の架け替え時にエレベーターを設置し2004(平成16)年11月1日に閉鎖された。
ライター:橘 アリー
横浜道を歩く
1859(安政6)年の横浜開港時に作られた「横浜道」。
横浜開港から154年が経つ現在では、町や人々の生活は様変わりしていて、それに伴い道も変わって行くものであろうが、それにしても、歴史のある道が分断されているのは淋しいものである。
まずは「横浜道」を歩いて、「横浜道」が分断されている様子を見てみることに。
パンフレットに記載されている横浜道の経路(「西区歴史さんぽみち」より)
「横浜道」は、現在の西区の浅間町交差点から当時の海岸線に沿って、新田間川に新田間(あらたま)橋、平沼川に平沼橋(現在の元平沼橋)、石崎川に石崎橋(現在の敷島橋)を架け、戸部を通って野毛の切通しを作り、大岡川に野毛橋(現在の都橋)を架けて現在の吉田橋まで、一本道で行けるように作られた道である。
浅間町交差点近辺には、「横浜道」を紹介する看板が立てられている。
看板には「よこはま道」と平仮名で書かれている
浅間町交差点に架かっている陸橋の上から、「横浜道」が見渡せる。
陸橋の上から見た「横浜道」
この辺りは車の交通量が多い。
新田間橋の上の様子
現在の平沼橋の横の細い道が(浅間町方面から見ると右側)、元平沼橋へ続く「横浜道」である。
右側の細い道が「横浜道」
平沼橋の高架の壁には壁画が描かれている
かつて大踏切があった元平沼橋の様子
ここで、「横浜道」は分断されている。
以前はここに大踏切があり、線路上を通って、「横浜道」を一本の道として歩くことができていた。
現在は通ることができないが、「横浜道」の看板が立てられている。
線路の向こう側へは、平沼橋を渡って行く。平沼橋の横には、エレベーターがついていて、これに乗ると平沼橋の上へ行ける。
エレベーターの様子
平沼橋の上から見た「横浜道」
もう渡れないのに、道路には線路へ続く横断歩道が残されていて、ちょっと怖い感じがする。