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大正ロマンの香り漂う老舗、「ホテルニューカマクラ」ってどんなところ?

ココがキニナル!

ホテルニューカマクラ(旧山縣ホテル)ってどんなホテル? かつて、芥川龍之介さんや、岡本かの子さんも利用した老舗だそうです。是非、突撃取材してください。キニナル。(にゃんさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

1924(大正13)年に建てられた鎌倉初のホテル!この地で京都の料亭「平野屋」支店の貸別荘時代に芥川龍之介と岡本かの子の偶然の出会いがあった

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ライター:大和田 敏子

はまれぽライターになって初の鎌倉取材、しかも老舗のホテルとあって少々浮かれぎみの中、JR鎌倉駅のホームに降り立つと、なんと、今回の取材先、ホテルニューカマクラが見えるではないか。
 


鎌倉駅ホームから。左手にホテルのロゴ看板。右にホテルが見える

 
さらに気分が盛り上がってきたところで、編集部・山岸と合流すると「ここなら鎌倉で酔いつぶれても、たどりつけますね!」と妙なテンション。そういうホテルではないと思うのだが・・・。

徒歩1分ほどで、ホテルに到着。
早速、ホテルニューカマクラ支配人、西村務さんにお話をうかがうことに。(残念ながら写真はNG)



芥川龍之介と岡本かの子の出会いの場!?



現在、ホテルニューカマクラが建つ場所には、京都の料亭「平野屋」の支店があった。
平野屋は、東京に支店を置き、そのまた支店を鎌倉に置いていたようだ。目算が外れ、営業不振となったため母屋を交ぜた三、四棟を避暑客の貸間として利用していた時、偶然、隣り合った棟を借りた芥川龍之介と岡本かの子(岡本太郎の母)が出会った。1923(大正12)年夏のことだ。
 


芥川龍之介と岡本かの子が偶然出会う  
 

岡本かの子一家。鎌倉平野屋にて
 

関東大震災の後、鎌倉の駅舎だけが原型をとどめている(鎌倉中央図書館蔵)

 
同年9月1日、関東大震災で平野屋は崩壊。
芥川は関東大震災の数日前、東京に引き上げていたが、かの子一家は平野屋で震災に遭い、10日ほどバラック住まいをし、その後避難所となっていた御用邸に逃げ込んだようだ。
 


ホテルに飾られた芥川龍之介の写真

 
岡本かの子の実質的な文壇デビュー作となった『鶴は病みき』が発表されたのは1936(昭和11)年。芥川の死後9年後のことだ。この小説の大半は、平野屋での芥川との交流の日々を書いたものだが、小説の終盤でかの子は、芥川が自殺する1927(昭和2)年の春、約5年ぶりに偶然再会した芥川の、心身を病み、痛々しいほどやつれた様子を描写して、病んだ鶴の姿と重ねている。



ホテルとしてのスタートは? その歴史は?



ホテルとしてのスタートは、関東大震災の翌年(1924<大正13>年)。当時、チャンバラ映画の俳優として活躍されていた山形勲(やまがたいさお)の母が建てた「山縣(やまがた)ホテル」だ。ここは鎌倉初のホテルだったという。

当時は「アーリーアメリカン」というアメリカ英国植民地時代風の内装だったそうだが、写真などの記録が残っていないため、詳しくはわからない。大正時代に建てられたアーリーアメリカンとはどんな雰囲気だったのか、とてもキニナル!

「ホテルニューカマクラ」オーナーである西村さん一族がここを買い取ったのは昭和の初め。その後、米軍に接収された時期もあり、松竹映画関係者の宿になったり、富士重工業(飛行機を造っていた時期)の社員寮、あるいはカフェとして営業した時があったりと、さまざまな変遷があったが、資料が残っておらず、詳細な年代は不明だという。
 


昭和13年ごろのホテル玄関。写真に映っているのは西村さんのご先祖
 

昭和30年代後半の鎌倉。駅舎の向こうにホテルが見える(安田三郎撮影)

 
再び、ホテルとして復活したのは、今から30年ほど前、昭和の終わりごろ。山縣ホテル時代は、食事も出していたようだが、以降は素泊まりのシンプルなホテルとして営業を続けてきた。「ニュー鎌倉ハウス」「ニューカマクラ・イン」など名前を変え、外装、内装、看板なども様変わりしながら、建物自体は大正時代のものがしっかりと残されてきた。「ホテルニューカマクラ」という名前に落ち着いたのは20年ほど前のようだ。
 


2004(平成16)年、本館は鎌倉市重要建築物第27号指定された

 
鎌倉市では、洋風建築物の保存、活用のために、1990(平成2)年から鎌倉市重要建築物の指定を行っており、現在、第33号まで指定がされている(うち、1件は指定解除)。ホテルニューカマクラは大正時代の建築物として、また鎌倉市の景観形成に大きく寄与する貴重な存在との理由からこの指定を受けている。
 


自然の風景に馴染む黄色の外壁、上げ下げ窓が並ぶホテル本館
 

屋根の上のロゴもおしゃれ
 

ホテル入口の文字はスウェーデン語で「Welcome」の意味
 

屋根の上の看板は10年ほど前につけたもの。入口の文字は、以前テレビCMロケで使われた時のものをそのままにしている。重要建築物なのに変化に対して柔軟!?
 


ホテルの入り口は、2009(平成21)年公開の映画「おと な り」のロケにも使用
 

「おと な り」(ちなみに、文字の間の空白は誤植ではありません!)では岡田准一と麻生久美子が共演。ふたりがお隣同士で暮らすレトロなアパートの玄関にここが使われている。ゆったりと流れるラブストーリーのこの映画、結構好き! ロケ現場を目にしてテンションが上がる。

外観を紹介したところで、一旦外へ。

ホテルの前は広い駐車場。ここはホテルのお客さんだけでなく、一般の方も利用する駐車場で、月極めで契約している方もいる。
 


人力車も月極め駐車。いかにも鎌倉らしい
 

ホテルの前の桜は樹齢80~90年
 

駐車場の受付が普段はホテルの受付も兼ねている
 

西村さんを含め現在8人のスタッフで、ホテルの清掃や駐車場の管理を行っている。駐車場はスタッフがお客さんの車の鍵を預かり、駐車してくれる方式だそう。なんでも「鎌倉のご婦人は自分で駐車しない」んだとか。