本牧の間門小学校、水族館が設置された経緯とは!?
ココがキニナル!
本牧にある間門小学校には、附属の水族館があると聞きました。どういうきっかけでできたものですか?
はまれぽ調査結果!
間門小学校は昔、校庭が海に面していました。埋め立てが決まった時に、その環境を残したいと作られたのが附属水族館。50年以上の歴史を持っています。
ライター:吉澤 由美子
お昼休みになると数人の子どもたちがふらりと校庭の隅にある小さな建物に入っては出てくる。
入口には大きな銀色の魚のオブジェがあり、『まかどシーマリンパーク』とある。
この名前は子どもたちの投票により決定した
そう、ここは日本でも珍しい小学校附属の水族館。子どもたちはお目当ての魚を見にきているのだ。
子どもたちに美しい本牧間門の海を残したい
三溪園のすぐ隣にある間門小学校は、昔、校庭のすぐ先が海岸だった。
グラウンドの端には森が残る。かつてはこの右の先に海岸があった
今は埋め立てが進み、海は1Kmも先だが、半世紀ほど前には「海岸校庭」と呼ばれるほど近くに海があった。
海苔の養殖や漁業の盛んな本牧間門の海は遠浅で波も穏やか。春は潮干狩り、夏は海水浴が楽しめた。
盛んに行われていたアオギス漁について説明する掲示
昭和33年に海の埋め立てが決まった時、「子どもたちが引き続き海と触れ合えるようにできないか」という声が保護者、卒業生、そして地域の人たちからあがった。
その声にこたえるかたちで、「子どもたちに本牧の海を水族館として残す」案が浮上。
賛同してくれた地元の漁師さんや、地域の方々の協力もあって、間門小学校に水族館が誕生した。
間門小学校附属水族館の歴史
最初の頃は、海水を樽に入れて運んだりしてきたが、埋め立て工事が進むにつれ、水質が悪化し、海までの距離が離れていった。そのため、昭和47~49年にはやむなく閉館したこともあった。
再開に向けて昭和50年に改修を開始し、水質の管理やポンプ、浄化施設のメンテナンスといった難しい作業は、月2回、専門の業者が引き受けてくれることとなり、以後、水族館は安定した時期を迎える。
間門小学校副校長の平石英一さんは、現在の水族館について、「かわいいと思ってエサをあげすぎると水が濁り、魚が体調を崩す。そんな経験を積み重ねて、命をいつくしむこと、気持ちをセーブすること、責任をもつことなどをここで学んでくれています」と教えてくれた。
副校長の平石さん。なにげない応対にも誠実な人柄が伝わってきた
飼育されている魚たち
水族館は独立した建物で、2つの教室と廊下が展示スペースになっている。
入口からも中の水槽が見て取れる
手前の教室には、水深の浅い水槽があって、ヒトデやナマコ、ヤドカリ、サメなどを自由に触ることができる。
小さい子のために踏み台も設置されている。壁のウミガメはここで飼われていたもの
ネコザメはとてもおとなしい。ここにいるサメは安全な種類のもの
隣の教室には、真ん中に大きな八角型の水槽があり、カワハギやアジなどおなじみの魚たちが元気に回遊している。隅を大きく三角に仕切った水槽には70cmくらいのサメが何匹も泳ぎ回る。壁際では、ウツボがパイプから顔を出し、フグがせわしげにヒレを動かす。
本牧の海らしい魚がたくさん泳ぐ
サメは子どもたちに大人気。よく見ると表情があってなかなかカワイイ
そして廊下には、熱帯魚のいる水槽と天然記念物「ミヤコタナゴ」の水槽がある。
子どもたちがいちから作って世話をしている熱帯魚水槽。ニモの影響でクマノミも人気だ