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横浜のココがキニナル!

昭和時代の懐かしい写真をもとに横浜の有名スポット5ヶ所(横浜駅西口、イセザキ・モール、ハマスタ、山下公園・MM21)を巡り、現在と比較。変わり続ける横浜を再発見した。

ライター:細野 誠治 (2015年04月29日)

面影、ぽろぽろ

今日、4月29日は「昭和の日」。この日、元は昭和天皇の誕生日でした。
それが1989(昭和64)年の昭和天皇崩御によって「天皇誕生日」としての存続ができなくなり「みどりの日」と名を変え、2007(平成19)年に現在の「昭和の日」となりました(みどりの日は5月4日に移動)。

そんな「昭和の日」。
今年は平成27年。昭和も、ずいぶん遠くなりました。
 


懐かしい、昭和


我々の周りに、街に、昭和の面影は残っているのだろうか?
 


そんな疑問を持って横浜を散策・・・


でも、ちょっと待て。
街の変遷は常だ。残っているものを見つけることもいいけれど、街の変遷を見てみてもいいじゃないか。
横浜は変わり続けている街だ。丸一日を使って、横浜は「こんなに変わった!」を探してみよう。

CKBの歌ではないけれど、昭和にワープだ!



平成27年の、定点観測
 


横浜市中央図書館の地下、横浜市史資料室


まずは「古い横浜」の手がかりを得るべく、横浜市史資料室へ
横浜らしい場所や、ハマっ子の誰もが知っているスポット。これは!? という写真を7点入手。撮影されたポイントを探し出し、違いを見てみよう。

最初の『昭和の横浜』はズバリ、横浜駅。
 


2015(平成27)年の横浜駅、西口の風景


この見慣れた場所は昔、どんなだった? 見つけた写真は53年前のもの。
 


横浜駅西口(1962年撮影 横浜市史資料室広報課写真資料)


今から53年前の横浜駅西口。1962(昭和37)年だ。
この年はテレビの受信契約数が1000万件を突破(普及率は48.5%)した年で、また世界情勢ではアメリカがキューバ海上を封鎖し「すわ、第三次世界大戦か」と騒がれたときでもある。

写真を見ると高島屋の立地、ロータリーは変わらず。手前には「神奈川日産」の敷地が確認できる。

このころの風景を知る方は、お歳で言うと60〜70歳代だろうか。
聞いてみよう。
 


覚えていますか?


「昔、よく(高島屋で)買い物したりレストランに行った」
「そうそう、こんなだった・・・」
「横浜駅は高島屋、天理ビル、相鉄ビルは昔からあったね」
「西口は変わらないわね、金港町や栄町はガラッと変わったけど」

・・・などなどのお話が聞けた。
「西口は変わらない」という言葉には驚いたが、きっと“変わり続けているところが、昔と変わらない”ってことなんじゃないかな。

それでは昔のアングルに近い場所を探してみよう。
 


モアーズの上あたりかな
 

9階から見たこちらが一番近いショット


高島屋の建物もキレイになってて、看板の角度が違う。タクシープールは整備されてバスの乗り入れが変わった。
上から見ると、整然としたのが分かる。キレイに整備されたよね、横浜西口。
 


より良く変わり続けます、横浜西口




街の活気と匂い、伊勢佐木町

次は繁華街に行ってみよう。2015年の横浜にはさまざまなスポットがある。
昔はどうだろう? 筆者の幼いころ、うっすらと伊勢佐木町が若者やファミリー層のアンテナだった記憶がある。
 


今も昔も、やっぱり伊勢佐木町でしょ?


イセザキ・モールをよく知る人物にお話を聞いてみよう。
 


婦人洋品・洋傘の「むさしや」さんは1869(明治2)年創業
 

4代目ご主人の代表取締役の津田武司さんと
 

道路解放(伊勢佐木町通り)〈歩行者天国〉
(1971年4月10日撮影 横浜市史資料室広報課写真資料)


筆者が持参した写真をお見せすると、しきりに“懐かしい“と。
歩行者天国、道の真ん中にパラソル、アーケードがあることなどから正確に撮影年代を当てられた。
 


懐かしいですね・・・


1971(昭和46)年と言えば高度経済成長期。この時代に生まれた子どもたちは団塊ジュニアと呼ばれる一大ベビーブーム世代。

初代の仮面ライダーが放送開始され、今や国民食とも言えるカップラーメンの始祖・カップヌードルが発売された年だ。
(桐蔭学園高校が夏の甲子園初出場・初優勝を飾る。バンザイ!)
 


54年後の伊勢佐木町。自転車が多いな


津田さんによると、行政の指導によりアーケードが取り払われたのが37年前。歩行者天国は1958(昭和33)年から続いていたそうだ。
写真に写っているパラソルや椅子は各商店が管理し、休憩や飲食ができたりした。

津田さんの話で、ふっと思い出す。
子どものころ、親と訪れてアイスクリームだかソフトクリームを食べた記憶が蘇る。バニラの甘い匂いが鼻をさしたような気がする。
 


横浜市さん、もう一度アーケード復活させてください!


「そもそもイセザキ・モールは芝居小屋ができたことから発展した商店街なんです。もう一度芝居小屋を作って、その帰りに買い物をしてもらえるような場所にしていきたい」

そう、津田さんがこれからの伊勢佐木町の展望を語ってくれた。

 

イセザキ・モールは当たり前に変わります。もっと魅力ある街に、変わります
 

最後に、同じ場所からのショットを




アメリカの気配と日常があった場所

伊勢佐木町と来たら、次は関内のランドマークを訪れてみよう。
関内と言えば横浜スタジアムだ。
 


俺たちのハマスタ。今年こそベイは優勝します


市史資料室で発見したのは、この1枚。
 


横浜スタジアム(市庁舎屋上から。1978年3月30日 撮影横浜市史資料室広報課写真資料)


ご存じ、横浜公園内にある横浜スタジアムは写真が撮影された1978(昭和53)年に竣工。まさに「その時」を収めた1枚。

78年はサザンオールスターズがメジャーデビューしたり、歌番組『ザ・ベストテン』が始まったりした年。でも何といってもハマスタができた年だ。
 


今から37年前。お話を聞いてみよう


「昔はもっと、こっち側(みなと大通り)に球場があったんだよ」
「あの辺り(日本大通り方面)に教会があったんだ」
「周りには進駐軍の“カマボコ宿舎(バラック)”が建ち並んでたね」
「前の名前が“横浜公園平和野球場(平和球場)”、もっと前は“ルー・ゲーリック球場って言ったんだ」
 


昔から、横浜の野球の聖地だったんだな


写真のころよりもっと、昔のことを教えていただく。
この辺りはアメリカの色彩が強かったんだな・・・。
 


今は花いっぱいの横浜公園だ
 

資料によると市庁舎から撮影とある。ちょっと登ってみよう
 

屋上では手すりのところまで近づけなかったので・・・
 

8階から撮影。37年後の景色
 

ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました!

 
 
港・横浜といえばあの公園も外せません≫
 

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