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みんなのキニナル

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横浜のココがキニナル!

横浜に住む元特攻隊員、手塚久四さんに特攻隊の真実を聞く

はまれぽ調査結果

特攻隊は生還する可能性0%の攻撃部隊。彼らは軍神ではなく、普通の若者だった。現代の私たちは特攻の真実を知ることが大切である。

ライター:松崎 辰彦 (2015年08月11日)

戦後70年。慌ただしい日常の中で、戦争の記憶も日一日と薄れていく。しかし日本人にとって忘れることのできない8月15日を前にすると、私たちの中で何かが蠢(うごめ)きだす。そんな今回は、横浜に住む元特攻隊員のお話をご紹介したい。



神格化された若者たち──「特攻隊」

日本人にとって戦後、「特攻隊」ほど悲劇性が注目され、伝説化され、偶像化された戦闘部隊はほかにないであろう。
 


特攻機を見送る女学生(フリー画像より)


太平洋戦争末期、アメリカ軍の圧倒的な戦力の前に追い詰められた日本軍は、最後の手段として操縦する飛行機(あるいは潜水艇)それ自身をもって敵艦に体当たりするという究極の戦法を採用した。それを行う兵士の一団は「特別攻撃隊」と命名され、彼らは“軍神”として神格化された。
 


敵艦に突入直前の特攻機(フリー画像より)


かつて「はまれぽ.com」でも機雷を以て敵艦を沈める「伏龍(ふくりゅう)特攻隊」を取り上げた。
“特攻隊”は日本人にとって戦争の悲劇の象徴ということもできる。
しかし戦後70年、長い歳月を経て特攻隊の真実を知る人も少なくなっている。そうした数少ない人々の貴重なお話を伺い、未来への指針としたい。



横浜に住む元特攻隊員

横浜市営地下鉄グリーンライン「都筑ふれあいの丘駅」。ここから歩いてほどなくの場所に、元海軍特攻隊員の手塚久四(ひさし)さんのご自宅がある。
 


都筑ふれあいの丘駅
 

手塚久四さん。元特攻隊員


手塚さんは1922(大正11)年1月9日、栃木県の生まれで現在93歳。地元の旧制中学を卒業後、静岡の旧制高校に入学するも、1941(昭和16)年の太平洋戦争勃発により半年繰り上げ卒業になる。
東京帝国大学経済学部に入学した手塚さんは1943(昭和18)年10月の学徒出陣により、軍隊への入隊を余儀なくされ、海軍に籍を置いた。
 


今は穏やかな生活を営む


ご自身の生い立ちを、手塚さんは述べる。
「家は栃木の農家です。田畑や山林を所有していました。8人兄弟姉妹ですが上から7番目までが全部男でボクは4男。『久四』というのはそこから名づけられました。8番目の末っ子が女です」
 


生い立ちを語る


旧制高校受験は本人にとって唐突なことだったようだ。
「先生から突然『高等学校を受験しろ』と言われましてね。ボクは“高等学校”って聞いたこともなかったから『高等学校ってなんですか?』と尋ねたら『高等学校へ行けば帝大に入れるんだ』と言うんです」成績のよかった手塚さんに、担任は進学を勧めたのだ。
 


2015(平成27)年、手塚久四さんは93歳である


かくして手塚少年は受験生となったが、何も受験勉強をしてこなかった彼は仙台の旧制高校を受験するも不合格。東京の予備校で1年間受験勉強に励み、翌年には旧制静岡高校に合格した。

「高校に入ると音楽室があり、ベートーベンやシューベルトの音楽に夢中になりました。栃木であんな音楽は聴いたことがなく、カルチャーショックでした。そのほかにもみんなで静岡の街を腕を組んで練り歩いたりして、高校生活を謳歌しました」
 


今でも音楽が大好き




学窓から軍隊へ

太平洋戦争が起きたのも、高校時代のことだった。
「高校2年の12月8日に大東亜戦争が勃発しました。“帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり”というラジオ放送が流れて、みんなシーンとして、あとで友達と『すごいことになったな』と話し合いました。ボク自身はアメリカのような大国と闘ってどうなるんだろうという気持ちが強かったですね」
 


「高校時代に大東亜戦争が起きました」


やがて当局の締めつけも厳しくなり、寮も旧制高校の特徴だった自治が取り上げられ、配属将校が学生に軍事教練を課すようになった。そして半年繰り上げ卒業の後、東京帝国大学経済学部に入学した手塚さんは、この戦争に疑問を抱いた。

「当時、ボクは今野源八郎先生(経済学者 1906〈明治39〉~1996〈平成8〉年)のアメリカ交通経済の授業を1年間受けて、アメリカは道路がすべて舗装されているし、飛行機や自動車も発達しているし、資源も豊富であるということを学んでいたんです。だから長期戦になったらこの戦争は絶対負けるなという確信を持ちました」

しかしそんな彼も学徒出陣で軍隊に入隊する。
「海軍を選んだのは短剣なんかを腰に差すことができてカッコよかったからですよ(笑)」
こうして手塚さんは海軍で最下級の二等水兵になった。



“戦争で死ぬのはいやだ”

「横須賀の武山海兵団(たけやまかいへいだん)で訓練を受けました。カッター訓練(オールを使ってボートを漕ぐ訓練)がつらかったです。手やお尻がボロボロになるんですよ」

その後、彼は試験に合格し、二等水兵から海軍予備学生になる。彼自身は経理や食料にたずさわる主計になりたかったが、飛行機の操縦士の試験に合格してしまったので、飛行機乗りにされた。

「試験はまず回転式の椅子に坐らされます。すると椅子が1分くらいギューンと回転し、突然ガシャーンと停止するんです。するとこっちは投げ出される。そこから1分以内に立ち上がれば合格というものです。飛行機乗りを免れようとして、わざと立たないでいようと思っても検査官は『こっちはプロだから分かるんだ』と言うんです」
 


ゼロ戦の模型


戦争で死ぬのはいやだな、命を亡くすようなことにはなりたくないな・・・と思っていたのにずっととんでもない方にもっていかれた、と手塚さんは苦笑する。
茨城の土浦海軍航空隊へ行くよう指示された手塚さんだったが、そこから操縦士としての厳しい訓練が始まった。

「4ヶ月間は基礎教程です。木と布でできた練習機で離着陸訓練を繰り返しました。ほかにパンツ1枚で1万メートルを走らされたり、モールス信号や手旗信号を勉強しました。中でも苦労したのはモールス信号です。そのころは無線電話なんてありませんから、連絡手段としてはモールス信号しか使えず、懸命に覚えました」
 


新人操縦士用の練習機(フリー画像より)




「足開け! 奥歯をくいしばれ!」──体罰の横行

旧日本軍の慣行として悪名高いのは体罰である。これには手塚さんも苦しめられた。
「殴る側は『足開け! 奥歯をくいしばれ!』と声をあげるんです。そしてバン! バン!と2往復、3往復殴る。殴られた側はときに倒れる。すると起こしてまた殴るんです」
殴る場所は必ず頬。奥歯が折れた者もいた。
 


「足開け! 奥歯をくいしばれ!」で殴られる側はこの姿勢


「体罰は“修正”といいました。自分一人殴られるという個人の“修正”はなく、全員“修正”なんです。一人が悪いと全員が『たるんでいる!』といって殴られる。こっちは自分がミスしたなんて思っていない。誰かが悪いことをしたんだから、共同責任で殴られる。しかしその“誰か”も分からないんです」

手塚さんは「ボクは真面目にやっていたから、ボクの責任で殴られたことは1回もなかった」という。しかし殴る理由というのも難癖のようなもので、とくに何もなくても“たるんでる”といって殴られたというから、結局は殴る側の気分次第だったようだ。
 


 

 

 

2往復、3往復と殴る


ただ、倒れた相手を足で蹴ることはなかったし、殴るときも必ず警告してから殴ったとのことで、理不尽に見えて最低限のルールがあったかにも思える。しかし、もしパンチをよけたりすればもっと殴られた。手塚さんは「そのうちに慣れました。慣れると“ああ、機嫌が悪かったんだな”とか殴る方を馬鹿にするようになります(笑)」と回想する。
 
 
訓練において最初の失敗は最後の失敗? 飛行機の操縦、ゼロ戦との出会いとは・・・? 
 

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