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ココがキニナル!

横須賀の住宅街で最大規模の旧日本軍が造った地下壕が見つかり埋め戻しをするそうです。取材お願いします。(山下公園のカモメさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

太田和で発見された地下壕は埋め戻し工事が完了。ただ、規模に関しては詳しい資料がないため、最大とは断定できなかった。

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2015年11月17日

ライター:やまだ ひさえ

横須賀市は、旧日本軍の重要拠点として発展を遂げてきた街である。
旧日本軍の造った地下壕やトーチカ(コンクリートで堅固に構築した陣地)は、今でも生活空間の横に当たり前のように存在しているし、それを受け入れてきた歴史がある。

しかし、今回の発見で改めてその存在がキニナった。



特殊地下壕発見までの経緯

まず、今回、地下壕が発見された場所を地図で検証してみた。
 


地下壕が見つかった横須賀市太田和(Googlemapより)

 
地下壕が見つかった横須賀市太田和(おおたわ)は、横須賀市の西側に位置している。旧日本軍の武山海兵団があった近くだ。この場所なら旧日本軍が地下壕を造ったとしても不思議ではないかもしれない。

なぜ埋め戻しを工事することになったのか、横須賀市役所で聞いてみた。
 


横須賀市役所

 
工事を担当した横須賀市役所都市部市街地整備景観課首藤昇(しゅどう・のぼる)さんに話を聞くことができた。
 


都市部市街地整備景観課。残念ながら首藤さんの写真はNG

 
まず、地下壕発見の経緯から教えてもらった。

2013(平成25)年12月、横須賀市太田和の住宅街の車庫にあった水道メーターが陥没した。
当初、水道管が壊れたと考えられていたが、周辺の住民に聞き取り調査をしたところ、陥没した場所の周辺に地下壕があったという証言が得られ、2014(平成26)年2月初めから4月末にかけて特殊地下壕の実態調査が行われた。

実は、神奈川県は、昭和40年代に危険ということで、戦時中に旧日本軍などが造った防空壕などの特殊地下壕の入り口を塞ぐ工事を行っている。

太田和の地下壕も入り口が塞がれていたため、内部に入って調査をすることができず、そのため地中レーダー探査、スウェーデン式サウディング試験(貫入試験)、ボウリングなど実施。範囲を拡大することで地表から約6.5メートルの位置に特殊地下壕があることが分かった。
 


初期の調査で分かった特殊地下壕(提供:横須賀市役所)
 

陥没現場の断面イメージ(提供:横須賀市役所)
 

陥没現場の地中(提供:横須賀市役所)

 
旧日本軍関連の書類は、戦後の混乱期に散逸しているものが多く、太田和の特殊地下壕についても書類はなく、詳細を把握することは難しい。しかし調査を継続した結果、かなり大規模な特殊地下壕が住宅街の地下に隠れていることが判明した。
 


調査結果で判明した特殊地下壕(提供:横須賀市役所)

 
最終的に報告された太田和の特殊地下壕の規模は、高さ約2.6メートル、幅約2.9メートル、総延長約76メートル、体積約580立方メートル。

2015(平成27)年3~9月にかけて、440立方メートル、2リットル入りペットボトル22万本分ものエアミルク、液体セメントのようなものを使い、空洞となっている特殊地下壕の埋戻し工事が行われた。
 


特殊地下壕があった横須賀市太田和

 
陥没した太田和の現場は宅地造成によって売り出された分譲地の一画だ。しかし、開発した業者が倒産をしているため、調査にかかった約1200万円を横須賀市が負担。また、工事にかかった費用約4500万円のうち約9割を国の補助金と特別交付税で、残りの約1割を横須賀市の市費で賄っている。

太田和で陥没した特殊地下壕が住宅街で最大規模なのか、首藤さんに聞いてみたところ、断言できないということだった。旧日本軍の拠点だった横須賀市には、いまだ存在がはっきりしていない隠れ地下壕がある可能性があるというのだ。



なぜ横須賀市には特殊地下壕が多いのか

国土交通省が発表した『平成25年度特殊地下壕実態調査結果について』によると、神奈川県内で確認されている特殊地下壕の数は、462。本州では広島県についで2番目に多い。
その神奈川県内で最も数が多いのが横須賀市で、122ヶ所となっている。しかし、この数字は確認できているものだけだ。

なぜ、横須賀市は県内で一番地下壕が多いのか。
その理由を調べるために横須賀市役所の市史編さん係を訪ねた。
 


市史編さん係のある横須賀市役所分館

 
横須賀市は、その歴史的背景から市史の重要な部分として軍事の編さんにも力をいれている。
 


『新横須賀市史 別編軍事』

 
横須賀市史を担当している國學院大學(東京都渋谷)兼任講師の高村聰史(たかむら・さとし)さんにお話を伺った。
 


横須賀市総務部総務課市史編さん係の高村さん

 
1865(慶応元)年に始まった横須賀製鉄所。後の横須賀造船所の発展とともに、横須賀は、日本最初の軍港都市として発展を遂げていった。

1884(明治17)年12月、鎮守府条例が制定され海軍区が設定されると、海軍区ごとに警備や防備を司る機関である鎮守府が最初に置かれ、第一海軍区を担当したのも横須賀だった。
 


横須賀鎮守府(関東大震災前) 『横須賀案内記』より

 
しかし、横須賀から遅れること5年、1889(明治22)年、呉(広島県)、佐世保(長崎県)に鎮守府が開庁。さらに1890(明治23)年、海軍省が買収した神戸(兵庫県)にあった小野浜造船所を、呉鎮守府小野浜造船所としたことにより、軍港としての横須賀の地位に陰りがみえるようになった。

日清日露戦争を経て大正時代になり、陸上防衛に対する意識が高まってくると、横須賀の存在価値が見直されてきた。呉にも佐世保にもない意義、それは帝都、東京に近いことだ。
 


横須賀は東京に一番近い軍港(Googlemapより)

 
首都防衛の拠点となった横須賀には、陸海軍、さらに航空機の時代に入ると海軍航空隊施設の充実が図られた。その存在意義は終戦まで続いた。
 


終戦時、横須賀にあった主な旧日本軍施設(提供:横須賀市市史編さん係

 
 

 

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