ログイン/会員登録

こんにちは、ゲストさん。

ログイン/会員登録する

ログインすると、すべてのコンテンツを
ご利用いただけます。

年末年始に食べるべき極上の一皿
はまれぽ.com無料掲載について
イベントカレンダー2017年12月

Question みんなのキニナル投稿

投稿の中から、はまれぽ編集部もキニナルことを調査してお答えします!
ぜひ投稿してみてね。(200文字まで)

投稿はこちらから

みんなのキニナル

    当事者(船員)ですみません。1月31日「帆船で皆既月食観察会」が開催されます。場所は横浜みなとみらい「ぷかり桟橋」停泊中の「帆船みらいへ」!19時集合~22時30分までの日帰りコース(3,000円)と...

    SAKO3さん

    地元の企業が横浜市に提案しているという横浜駅から中央卸売市場やみなとみらい、大さん橋などを経由して山下埠頭まで結ぶロープウェイ構想が気になります!横浜博覧会のゴンドラの思い出が蘇り、とても懐かしくぜひ...

    幸人さん

    野毛のお肉屋さん、尾島商店の隣にお洒落なカフェが急に現れました。外観が似ているけれど、尾島商店とのつながりはあるの?

    晴天さん

もっと見る

あなたはどう思う?

過去のアンケート結果はこちら

よく利用するバスはなに?

横浜市営バス
京浜急行バス
神奈川中央交通
江ノ電バス
川崎市営バス
川崎鶴見臨港バス
箱根登山バス
そのほか

投票せずに結果を閲覧

アクセスランキング

ジャンル
1位
伝説の娼婦・白塗りのメリーさんを知る横浜の文化人に直撃インタビュー!
2位
横浜の伝説、白塗りのメリーさんとは!?
3位
「みなとみらい東急スクエア」グランドオープンの初日の様子をレポート!
4位
横浜市内の貨物駅を徹底調査!【前編】
5位
湘南モノレールとドリームランド線はどこまで延伸する計画だった?~ドリームランド線編
6位
湘南モノレールとドリームランド線はどこまで延伸する計画だった? 湘南モノレール編
7位
「入ってはいけない」中華街食べ放題はこんな店! 経営者が覆面座談会で中華街の裏事情を告白!
8位
【はまれぽ名作選】あまりにも豪華すぎる内装が「異常」というウワサは本当か? 川崎のラブホテル「迎賓館」に突撃!
9位
いよいよ着工! 2020年完成予定の横浜スタジアム増築・改修工事の状況は?
10位
【編集部厳選】YOUが今いる場所って、昔は何があったか知っている?
11位
JR桜木町駅の発着メロディーは、どうして「ゆず」じゃないの?
12位
【編集部厳選】ドキッと突撃! 街のキニナルぴんくを探せ!!
13位
横浜市内の貨物駅を徹底調査!【後編】
14位
第三京浜保土ヶ谷料金所の近くに見える鳥居の正体とは?
15位
【はまれぽ名作選】帷子川の源流までってどうなってるの?
16位
【前編】「横浜高校の指定バッグ」が女子高生の間で大流行中の理由とは?
17位
38年間の歴史に終止符。日吉にある昭和喫茶店「まりも」
18位
【I☆DB】下剋上! 19年ぶり横浜DeNAベイスターズ日本シリーズ進出決定! 
19位
東神奈川の二ッ谷にある「家の半分が川に突き出ている家」のその後!
20位
雨天決行した「川崎ハロウィン2017」の様子をレポート!
21位
【編集部厳選】どうせイクならレトロ銭湯! 気持ちイーよ!
22位
2017年「みなとみらい・桜木町」イルミネーション情報
23位
川崎駅前に九龍城?!ウェアハウス川崎店ってどんなところ?
24位
【はまれぽ名作選】本牧ふ頭近辺で釣れる幻のブランド魚「下根アジ」って、どんな魚?
25位
南区真金町・金刀比羅神社の「一の酉」の様子をレポート
26位
スラックスが「99円」!? 驚異の激安衣料店「ファッションプラザタカハシ」ってどんなお店?
27位
【I☆DB】感動をありがとう! ファンからDeNAベイスターズへラブレター
28位
2017年「横浜駅周辺」のイルミネーション情報
29位
【編集部厳選】そーだ! 秋だ! 旅たび旅!
30位
神奈川区の遊び場、通称「こうもり山」の山頂には何があった?
横浜人にインタビュー
教えて○○さん!
はまれぽの記事がアプリでサクサク読める!! はまれぽアプリリリース!!

横浜のココがキニナル!

市営地下鉄の始発?終点?なぜ湘南台になったのでしょう?本当は長後駅のハズだったが周辺住民の反対の為湘南台になったと言う話ある。何故反対したのでしょう?後悔したりしてるのでしょうか?(いぶちん☆さん)

はまれぽ調査結果

町内の商店会の決定権を持つ会員に保守的な人が多く、地下鉄建設の反対が起こった。当時若い世代の会員など賛成派は多かった。

ライター:小方 サダオ (2016年06月29日)

宿場町の歴史を持つ長後の街

宿場町・戸塚と長後街道で結ばれ、宿場町があった藤沢市長後。その長後に横浜市営地下鉄の乗り入れの話があったが、反対があり中止になったという。

1999(平成11) 年、湘南台駅に横浜市営地下鉄ブルーライン(横浜市高速鉄道1号線)が開通することとなったため、それ以前の話なのだろう。

現在の長後周辺の住民は、市営地下鉄についてどう思っているのかキニナり、現地に向かうことにした。

 

小田急線長後駅のある場所(Googlemapより)
 

長後駅を降りると、駅前はバスのターミナルなどで広くなっている。しかし駅前には個人商店や飲食店が並び、昔ながらの駅前の風景を印象づける。

 

小田急線長後駅
 

長後駅東口のバスターミナル
 

西口のバスターミナル
 

駅前には小規模な商店が並ぶ
 

また駅前の道から一本奥に入ると商店街になっているが、車道は狭く、歩道も整備されていないところがある。そしてシャッターが閉まった商店が目につく。

 

車道は狭く、歩道も整備されていない
 

シャッターの閉まった商店が目立つ
 

商店街は駅を中心に十字型に広がる(Googlemapより)
 

長後の街に関して調べると、藤沢市のホームページに「長後の地は大山道と八王子街道が交差する交通の要衝(ようしょう)として長後宿場は大いに栄えた」とあった。

 

長後の名所が記された地図
 

次に長後駅に関しては「1929(昭和4)年に小田急江ノ島線の開業に伴い長後駅が設置された。1955(昭和30)年に藤沢市への編入以降は、市北部の中心を担っていたが、現在では1966(昭和41)年に開設し、交通ターミナル、都市拠点として整備した湘南台駅周辺へ市北部の中心が移っている」とある。

 

藤沢市北部の中心が長後(青矢印)から湘南台(緑矢印)に移った
 

歴史があり市北部の中心的な存在だった街が、現在は衰退した商店街を印象づける街になってしまったようだが、やはり地下鉄が通らなかったことと関係しているのだろうか。

地下鉄が整備されなかった原因を中心に周辺住民に話を伺った。



地下鉄建設について長後の住民は何を語るのか

まずは駅前の比較的新しいお店の男性に伺うと「長後は、以前は藤沢に次いで栄えていた街です。しかし商店街内のお店も住居に変わってしまったものもあり、街の活性化には貢献できません」

 

商店街内の店が住居に変わった
 

長後住民の数は多いという
 

「以前商店街を活性化させる構想に関する資料を見たことがありますが、素晴らしいものでした」と実現しなかった計画に想いを馳せながらコメントしてくれた。

 

過去、商店街に活気を戻す構想はあった
 

次に、ある若者向けのお店を営む中年男性に伺うと「地下鉄に関しては、商売人の多くは通ってほしい、と思っていました。しかし昔ながらの素朴な農家の人たちが地主であったため、地下鉄建設のような交通の利便性に無関心な姿勢だったのです」

 

商店街の多くの人は地下鉄建設に賛成だったという
 

「しかし商店会は年配者たちが主導権を持っていました。そのため、例えば地下鉄建設の話があったときも、私を含めた若い委員たちが『地下鉄工事に関する提案』などをしても、年配委員に一喝されてしまうのです」

 

当時の年配者たちが商店会の主導権を握っていたという
 

「さらに地下鉄建設に関しては、長後は古くからの住人が多く、土地の買収が大変だったようです。しかし、湘南台駅のほうは住人が少なく、地価が安かった調整区域が多かったおかげもあり、鉄道を通すのが楽だったといえるでしょう」と語ってくれた。

 

湘南台駅
 

また地下鉄建設の際に鉄道が下を通る予定になっていたお店の女性店主に伺うと「長後は宿場町でしたから、宿屋が多く残っていて、地下鉄建設の時に反対した人たちはその雰囲気を壊したくなかったのでしょう」

 

地下鉄が下を通る予定だった方面(長後駅東口)
 

「昭和30年代の活気ある長後を知っている人は、久しぶりに帰ってきて変わりように驚いていました。今さら『地下鉄を作ってほしい』とは負け惜しみのようで言えないでしょう」

次に長後街道沿いのある男性店主に伺うと「地下鉄のことは、1970(昭和45)年前半ごろのことになりますが、当時の商店会長Aさん以下の役員が中心になって反対したのです。当時私のような若い役員は、相手にされませんでした。上役の年寄りの会員は守りに入っていて、反対する姿勢でした」

 

反対派は「大型店の進出」「地下鉄の駅建設」などに反対したという
 

「あのころはまだ商店街も調子が良かったことも、反対派が強かった要因でした。黙っていても売れた時代であり、1955(昭和30)年ごろは周辺地域の飯田や綾瀬の人たちから『長後に来ないと物がそろわない』といわれていました」

 

当時の商店街は好調だったという
 

「周囲には昔からの農家がたくさんいて、長後で早朝から市場が開かれていたため、それに合わせて商店街の店も開店していたので、潤っていたのです」という。

 

周囲の農家の人たちが長後で買い物をした
 

地下鉄の駅建設に反対したことに後悔しているかと伺うと「反対していたのは年寄りの人たちで、今はほとんど亡くなっています。私のような当時の若者は賛成していたため、今残っている人たちは後悔するより、『だから言ったのに』という気持ちの人が多いです」と答えてくれた。

 

1953(昭和28)年の長後駅
 

1959(昭和34)年の長後商店街の様子
 

最後に線路沿いに住む年配の女性に伺うと「商店会に関しては、70歳過ぎの年寄りが上にいたので、『これからの長後を担うのは若者であるはずなのに、どうして年寄りが中心なのか?』と疑問に思ったことはあります。地下鉄建設は、広い土地を持っていた地主は駅周辺の変化にはあまり関心がなく、商店会の人たちが中心に反対しました」

「しかし商店街が衰退しているのは、『買い物は商店街でする時代じゃなくなった』ということで、どこの商店街でも同じ問題を抱えているのではないでしょうか」とコメントしてくれた。

 

商店街の不振はさまざまな地域で起こっている問題なのかもしれない
 

続いて前出の「長後商店街を活性化しようとした構想」に関する資料を探してみた。


長後商店街を活性化させる構想とは? キニナル続きは次のページ
 

最初へ

前へ

1

2

次へ

最後へ

はまれぽアプリ
App Store
Google play


おすすめ記事