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間門から八聖殿にかけて海軍の要塞地帯で、高射砲陣地や地下軍需工場がありました。八聖殿下の海岸には多数の洞窟入口があり、震洋の出撃基地か真偽を調べて(yuuhodouさん)

はまれぽ調査結果

戦時中三溪園の周囲に地下軍事工場や高射砲の陣地があり、水上特攻兵器の基地も存在した可能性がある。

ライター:小方 サダオ (2016年08月01日)

本牧にあった軍事施設や工場

投稿にある中区本牧の間門(まかど)から八聖殿(はっせいでん)にかけて海軍の要塞地帯だったというのは本当だろうか。

 

投稿にあった写真
 

八聖殿(青矢印)と間門(青丸)(Googlemapより)
 

まずは本牧・根岸を中心にした郷土資料館・八聖殿を訪れ、係員に軍事施設について伺うと「岩壁に防空壕は多かったようです」と、昔の写真を見せてくれた。

 

当時の姿をとどめる八聖殿
 

投稿されたものと同じ、1958(昭和33)年の写真。崖下に防空壕の穴が開いている
 

写真にあった崖に向かうと、崖の下は埋め立て地になっていて、本牧市民公園が広がっている。

 

八聖殿の山の上からの眺め
 

崖の下には本牧市民公園が広がる
 

防空壕の穴はみつからなかった
 

写真にあった、開いていた防空壕の穴は、今は見当たらない。

ところで、係員の方は、防空壕はあったと話されていたが、軍事基地はどうだったのだろうか?

八聖殿を後にすると、後日、館長の相澤竜次(あいざわ・りゅうじ)さんから連絡があり、地元の郷土史に詳しい方たちとのインタビューの場を調整してくれた。



郷土史家の語る本牧の要塞基地の様子とは

今回、お話をお伺いするのは、元朝日新聞の記者で、地元本牧の疎開話や空襲体験などを取材された伊波新之助(いなみ・しんのすけ)さんと、三溪園も含まれる本牧三之谷(さんのたに)町内会の丹羽博利(にわ・ひろとし)さんに、八聖殿館長の相澤さんだ。

 

左から、伊波さん、相澤さん、丹波さん
 

まずは要塞地帯の話を中心に伊波さんに伺うと「東京湾に面した波打ち際は断崖絶壁で水深も深いところでしたが、旧日本軍がコンクリート製で幅5メートルほどの波止場を作りました」

 

旧日本軍が作ったコンクリート製の波止場(青矢印)
 

「波止場から直角に崖に横穴を掘り、中はつながっていて、中には兵員も兵器も収容されていたと推測されます」という。その兵器は、敵の軍艦に体当たりする自爆攻撃を行うもので、ベニヤ板の小舟の一種の特攻艇で『青蛙(あおがえる)』と呼ばれていたそう。

 

丸く囲ったところに防空壕の穴が見える。1961(昭和36)年の本牧岬
 

埋め立て中の1965(昭和40)年の写真
 

投稿にあった「震洋(しんよう)」呼ばれる特攻艇の出撃基地とはこの「青蛙」と同じものなのかもしれない。

『日本特攻艇戦史』によると「震洋は長さ5メートルあまりのベニヤ板張りのモーターボート。これに爆弾をつけて体当たりするという。1944(昭和19)年の秋には前線に配備されている。1944(昭和19)年〜1945(昭和20)年、敵の上陸を防ぐには特攻艇と人間魚雷しかなかったのである。神奈川県では日本造船鶴見工場や山下工場で作られていた」とある。

 

ベニヤ板張りのモーターボート(『海軍水上特攻隊震洋』元就出版社)
 

震洋の設計図
 

約6200隻が建造されたという(『日本特攻艇戦史』光人社)
 

三浦市江奈(えな)湾では壕の中に格納されていた
 

三浦市には震洋の基地が2ヶ所あった
 

また、本牧の沖では潜水して進む本格的な人間魚雷も発見されたそうだ。

 

人間魚雷・回天や特殊潜航艇
 

「戦後、その穴と波止場は放置されていましたが、海釣りなどに使われていました」と伊波さんが話してくれた。


続いて、本牧の高射砲陣地とは? キニナル続きは次ページ≫
 

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