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中世の名残を求めて、鎌倉街道を踏破 ー中の道を離れて弘明寺道を歩く 前編ー

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鎌倉街道、大山街道などの街道を踏破してください。(jckさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

鎌倉街道を歩いている途中で現れた道標をきっかけに「弘明寺道」を地図で予想して歩いてみたが初っ端から見当違いだったので正解を添えました。

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ライター:永田 ミナミ

旧鎌倉街道中の道



かまくら道としても知られている旧鎌倉街道を歩きはじめたのは昨年の夏。『中世を歩く』によると旧鎌倉街道は、鶴岡八幡宮の参道と流鏑馬馬場とが垂直に交差するところが起点である。

そのメインルートのひとつ「中の道」を歩き、北鎌倉駅前を通過して笠間交差点、舞岡公園、日限地蔵尊裏、下永谷市民の森を抜け、感動的な森のなかの旧街道を抜け、東海道に出たら目の前が山崎製パン横浜第一工場、というところまで歩いたところで秋が来た。 
 


ところどころに地蔵や道標が立ち街道跡をいまに伝える
 


感動とともに蛇に恐れ慄いた台風一過の旧鎌倉街道

 
秋冬は寒く日も短いので街道歩きにはあまり向かない。そこで春を待つことにしたが春は慌ただしく、夏は記録的な長雨でままならず、秋雨前線もなかなか活発でなかなか先に進めない。

そこで、鎌倉街道を歩いている途中でたびたび現れ気になっていた「弘明寺道」を地図から予想して歩いてみた。弘明寺ならゴールが近いかなと思ったわけである。


弘明寺道あらわれる

きっかけとなる「弘明寺道」の道標を発見したのは、栄区小菅ケ谷2丁目を歩いているときだった。 
 


根岸線の高架をくぐり、本郷台ゴルフセンター近くからこの細道に入るところに
  


さりげなく立つ「従是(これより)ぐミやうじ道」の道標
 


おや、この道は弘明寺にも延びていくのかと『中世を歩く』やグーグルマップを見てみたが、旧鎌倉街道中の道が方向もだいぶちがう弘明寺前を通過することはないようである。
  


というわけでこのときはこう考えたのだ
 


しばらく進んでいくと今度は舞岡公園手前で発見した道標の案内板に
  


庚申塔の右側面に「これよりぐめうじミち」とあるという説明をまた発見
  


この旧鎌倉街道中の道は江戸時代にはこのあたりまで「弘明寺道」だったという


説明には「丘陵の尾根に沿って日限山方面から小菅ケ谷方面に抜ける尾根道」が「『ぐみようじみち』と言われ、東海道の保土ヶ谷宿から弘明寺観音を経て鎌倉へ通じる道として利用されて」いたとある。

ここで再び弘明寺道の道標が現れたということは前の道標のところでこんな感じかな、とぼんやり予想した分岐は違っていたのか、と思いつつどんなルートだろうと気になりはじめた。



弘明寺道を予想してみる

今回の旅に携えている『中世を歩く』は旧鎌倉街道についての文献なので弘明寺道のことは載っていない。そこで弘明寺道を地図を見ながら予想してみたくなったのでしてみた。 
 


というわけで地図を凝視して浮かんできたのが紫色のルート(Googleマップより)

 
弘明寺道を旧鎌倉街道「中の道」と「下の道」をつなぐ間道なのではないかと考えて予想し、そうなるとこのへんから分岐するのかなと考えた日限山地蔵尊からスタートしてみることにした。
 


そしてやってきた日限山地蔵尊
 


当たっているかなと日限地蔵交差点を背に、予想弘明寺道へと踏み込んだのだった


しかし実際はこの時点ですでに間違っていた。舞岡公園手前の道標の説明に「もとはここから凡そ八十メートルの場所にありましたが」とあり、それがどこかは分からなかったのだが、説明にあったこんなくだりを見逃していた。

「丘陵の尾根道に沿って日限山から小菅ヶ谷方面へ抜ける尾根道がありました」

さらに位置を確認しようと地図を見ると、地図上にある「庚申塔」が実際の庚申塔の位置とは異なることに気づいた。ただし地図上の「庚申塔」は、向かうべき方向の尾根の反対側のゆるやかな斜面になる。

そこで現在の庚申塔の位置から半径80メートルほどの位置で尾根になるべく沿うということを考慮して、資料と突き合わせるとだいたい下のようなルートが本来の弘明寺道に近いということになるだろうか。
  


尾根道に沿って小菅ケ谷方面ということは、こんな感じだったか弘明寺道

 
地図上の赤い線は旧鎌倉街道の名残りをたどって日限山方面へこの日歩いた道、紫色の円が庚申塔から約80メートルの範囲で、紫色の線はそこから小菅ケ谷方面への尾根道として推定した道である。 
 


そうとは知らず区画整理された現代的住宅街の道を抜け
 


第一チェックポイントとしていた環状2号線が見えた上永谷5丁目に到着し
  


目の前の環状2号線の橋跡に旧街道の名残を感じてみたりしたがそうではなく
  


このように日限山の住宅地の南側をまわる感じで進むのが正解である

 
港南歴史協議会発行の『港南区小字名の由来』を見るとほぼ同じように平行するがわずかに異なる北側のルートが「かまくら道(下の道)」で、南側が「その他の古道」となっている。もうひとつ参考にした「港南区の古道」という地図では南側が「弘明寺道」となっているので、これが正解だろう。

というわけで、なるべく近いルートをと小菅ケ谷北公園のなかを抜けてみようと思ったりしたが立入禁止だったり道がなかったりでどうしても山を越えることはできず、点線のルートを迂回することに。 
 


ぐるりと歩いてA地点からB地点に移動する間に太陽は傾き夕暮れの気配を迫る
  


しかし小菅ケ谷の森のなかに残るB地点は往時を思わせる本格的古道であった
  


やがて舗装道路に出て
 


坂を下りたところには庚申塔や馬頭観音がある
  


そして農地に囲まれたのどかな道を進み
  


馬洗川沿いを歩いていくと
  


環状2号線の馬洗橋交差点に至るのであり、どうやらここにも馬頭観音
  


馬洗橋の由緒についてはこちらをどうぞ!
 

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