今後の活用は未定である

かつての競馬場の歓声をしのばせ、学術的な見地からも貴重ではないかと思われる一等スタンド。今後、この建物はどうなるのだろう。

現在、この建物を管轄しているのは横浜市環境創造局。みどりアップ推進部みどりアップ推進課長の槇重善さんと、公園緑地部公園緑地管理課長の菅谷浩明さんにお話を伺った。
　

槇さん（左）と菅谷さん

「一等スタンドに関しては、今後どのような利用をするかについて検討段階です。現在は外から歴史的建造物を市民の皆さんに見ていただくという利用法に限定していますが、今後のことはまだ決定していません」と槇さんが説明してくれた。

「一等スタンドが横浜市のものになった直後に、日本建築学会が、当時の細郷道一（さいごうみちかず）市長に対して、このスタンドは歴史的・文化的に重要な建築作品であると述べ、保存するよう要望書を提出しています」
　

　

歴史的・文化的にも価値のある建物である

たしかにあの圧倒的な存在感を持つ建物は今後もぜひ残してほしいと、多くの横浜市民が考えていることだろう。しかし現在、スタンドはものものしい囲いに覆われて、中には入れない。
　

中に入れない

これについて、「建物の耐震性に問題があり、市民の方々に入っていただくことはできません。当面は外から眺めていただくしかないのが現状です」と槇さんは説明する。

さらに政治的な問題もある。すぐ隣にはまだ米軍施設があり、この部分は接収解除されていない。いずれ解除の方向に向かうことが合意されたというが、現在のところ米兵が入り口で監視しており、一般市民が入れない空間になっている。

一等スタンドは写真の被写体としても非常に魅力があるが、現今ではカメラアングルも限られてしまうのだ。こんなところにも“横浜の戦後”はまだ終っていないことを実感する。
　

立ち入りが禁止されている地域がある

一等スタンドは素人目にも劣化が激しい。窓を資材で被って保護している。横浜市当局が建物の保全・活用のための耐震・安全への構造診断を行った結果、補強や改築に要する費用は数十億円に上るという。

建築学的にも価値があろうし、市当局としても、できれば観光資源としてもっとアピールしたいところでもあろう。1日も早く、この貴重な建物が息を吹き返し、その周囲から有刺鉄線の絡まった囲いがなくなる日がくることを、願わずにはいられない。

取材を終えて

不思議な建物だった。おとぎの国というか、非現実的な空気がそこにあった。

梅雨の晴れ間、今日こそチャンスとカメラを持って訪れたその場所は、かつて取材で訪れた「馬の博物館」から歩いてほど近いところだった。ツタが壁面を被い、まるで古城のようにそびえていた。

たしかにこれは壊してはならない・・・。

そんな感想を抱かせる、魅力ある建物だった。塔の部分の窓は、どうみても人間の目にしか見えない。設計段階から人面を意識したデザインだったのではないかと思われる。

この建物は、現在でも十分に人を引きつける。とにかく、台風などで壊れぬよう、補強工事は必要と思われるが、現在の古びた風情も捨てがたい。おそらく役所内でさまざまな議論が交わされているのだろうが、今後の展開を見守りたいと思う。
　

　今後の保全が期待される

―終わり―


◆取材協力
横浜市環境創造局
http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/

◆参考文献
・馬の博物館編「根岸の森の物語」（発行／神奈川新聞社　制作・発売／かなしん出版）
・馬の博物館編「文明開化と近代競馬」（馬事文化財団）
・清野博「忘れられたランドマーク」（オフィス・セイノ）
　他