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横浜には食用ガエルの養殖場があったって本当?

ココがキニナル!

戦時中、新横浜には食べるための蛙を育てる養蛙場があったそうです。食糧難の時代、食用蛙は貴重なたんぱく源だったといいます。当時、市内各所にあったという養蛙場について知りたいです(ねこぼくさん)

はまれぽ調査結果!

1918年に日本の食用蛙の歴史が始まり、その後市内には新横浜を始め3ヶ所の養蛙場があった。食用蛙は食糧問題解決の策として日本に持ち込まれたもの

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ライター:すがた もえ子

岡野公園内にも養蛙場があった?



また、「横浜市立図書館デジタルアーカイブ」を調べていたところ、岡野公園にも養蛙場があったという情報を見つけることができた。

 

左下が養蛙場の写真(『大横濱』横浜市中央図書館蔵)
 

雑誌『大横濱』1926(大正15)年10月号の巻頭写真部分に「保土ヶ谷の仙境岡野公園=入口 梅園 桜林 養魚場 養蛙場」として写真が掲載されていた。

 

岡野公園養蛙場の絵葉書(横浜市中央図書館蔵)
 

『大横濱』に掲載されているのと同じと思われる写真が、絵葉書にもなっていたようだ。
上部分に「岡野公園養蛙場」の文字を確認できる。

また『神奈川県水産技術センター100年の歩み』の中に「橘樹郡保土ヶ谷町(現:横浜市)岡野公園に仔蛙700尾、蝌斗(おたまじゃくし)3000尾を移植し、900尾を希望者に配布した」という一文を見つけた。

神奈川県水産技術センターへ問い合わせをしたが『大正十五年・昭和元年度 業務報告』から引用されているということ以外、当時について詳しくご存じの方もいらっしゃらなかった。

 

岡野欣之助の岡野公園(『横浜の史蹟と名勝』国立国会図書館蔵)
 

そこで調べてみると、養蛙場のあった岡野公園というのは現在の西区にある岡野公園ではなく、保土ケ谷区にある常磐公園にあたるようだ。

保土ケ谷区に問い合わせたところ、保土ケ谷の富家であった岡野欣之助(おかの・きんのすけ)氏が持っていた別荘常盤園」を1914(大正13)年に一般公開し「岡野公園」とも呼ばれていたという。

ホームページに載っている「ミツバチの飼育や食用ガエルの養殖も行っていた」という以上のことは分からなかったが、保土ケ谷区に養蛙場があったことは確かなようだった。



資料をもとに詳しく調査



現地の方や当時を知る方に直接お話を伺えないのなら、資料をもとに当時の姿を知ることはできないだろうか? そう思って調べてみると、1952(昭和27)年に発行された雑誌『農業世界』(博友社)の中に、農林技官の狩野正雄氏の記事で「有利な食用蛙の人工養殖法」という養殖蛙について書かれたものが掲載されている。

その中の主要業者の中に「横浜冷凍企業株式会社 横浜市神奈川区山内町中央卸売市場内」という記述があった。どうやら中央卸売市場の中にあった横浜冷凍企業株式会社という会社が、食用蛙を取り扱っていたようだ。

 

現在の横浜冷凍企業株式会社(画像提供:Thirteen-fri・Wikimedia Commons)
 

そこでまず横浜冷凍企業株式会社さんに問い合わせをさせていただいたが、現在では食用蛙の取扱はなく、当時の様子を記した資料も残っておらず、事情を知っている人間もいなかったという回答を広報の方よりいただいた。

中央卸売市場にも伺ってみたが、かなり古い時期のお話なので資料などが残っておらず分かる方がいないとのこと。市場内の卸売業者にも聞いていただいたが、やはり分からなかったという回答をいただいた。



養蛙場は今もあるの?



結果としては、現在横浜市内に養蛙場は存在しない。
新横浜や岡野公園(現:常盤公園)の養蛙場がどれくらいの時期まで存在していたか正確な年数は不明だが、鎌倉の養蛙場は太平洋戦争前の欧米諸国による禁輸政策により輸出ができなくなり、1940年代前半に閉鎖されたということだった。鎌倉養蛙場跡地は現在「いわせ下関こども広場」となっている。

食用蛙(ウシガエル)は外来生物法により「特定外来生物」に指定されているため、その飼養など(飼養・保管・運搬など)については、環境大臣の許可を受けた場合などを除き禁止されている。また、国際自然保護連合(IUCN)が定める「世界の侵略的外来種ワースト100」にも選定されている。

 

中国のカエル脚肉料理(画像提供:Gunawan Kartapranata・Wikimedia Commons)
 

現在も食用蛙は横浜市内でも中華街の一部の店舗や、市内の居酒屋さんなどで提供されているが、輸入されたものが主流となっている。

タイや台湾などのアジアから輸入されているものもあれば、欧州でもカエルの消費量の多い国フランス産のものもある。いずれも冷凍肉としてインターネットで購入することもできるが、値段が案外お高い。

 

(写真右)パセリとカエルの足のにんにく炒め(画像提供:Rainer Schleevoigt・Wikimedia Commons)
 

美食家として知られる北大路魯山人も「ハワイの食用蛙」の中にアメリカにおける最初の食事として「食用ガエルの脚をオリーブ油でフライにしたのを出されたが、これはなかなか美味」だったと書いている。

しかし同時に“食用ガエルは日本でも盛んに使われているが、別においしいとも思ったことはなかった”ともあり、産地によってカエルの味も大きく違ったようだ。魯山人は日本以外でもサンフランシスコ、シカゴでもカエルを食べたが、ハワイが一番おいしかったといっている。

ちなみに食用としての養蛙場は国内には残っていない。
実験動物としては病原体の実験などのため、現在でも研修施設などで生きた食用蛙が使用されているようだが、主流の座はアフリカツメガエルに奪われてしまっている。



取材を終えて



今は一般的ではない食用蛙だが、昔は貴重なタンパク質補給のために人々を支え、重宝された時代があったようだ。
ボウボウというウシガエルの声も昨今ではあまり聞くこともなくなったが、今度ウシガエルを見たら気持ち悪がるだけでなく、遠い昔の活躍をちょっとだけ思い出してもいいかもしれない。


—終わり—


参考資料
『食用蛙の養殖研究』鎌倉食用蛙養殖場 編(昭和2)
『食用蛙 : 飼ひ方・売り方・料理法』大村清友(大正15)
『一日二卵養鶏読本』坂本四郎(大正15)
『農業世界』博友社(1952)
『食用蛙飼養法』藤原利一郎(大正15)
『催熟蓄養中のサクラマスならびにカラフトマス親魚に発生した細菌性疾病に関する研究』木村喬久(1970)
『横浜の史蹟と名勝』横浜郷土史研究会(昭和3)
 

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  • 山形出身の父はイナゴの佃煮や、蜂の子、そしてカエルも食べていましたが、戦後のことなので何も特別なことでもなく、カエルの味や食感は鶏肉に似ているとのことでした。ただ、かなり稀な症例として稀な故か?致死率100%の寄生虫感染症の原因として、良く火を通さなかった両生類、爬虫類の肉等(蛇の血とか)を食べたからとも言われています。

  • 30年くらい前に本牧のリキシャルームでかえるの足のフライ食べたけど……あれも輸入物だったんだろうなぁ。

  • 子供の頃仏向町にあった一本湖でウシガエルのおたまをよくとった。懐かしい。今でもふるさと村の池ではボーボー鳴いてて姿もよく見かける。赤カエルもウシガエルも美味しいってなんでも食べる人のブログで読んだ。レポついでに食べて欲しかった。

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