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戦後、一世を風靡したバンドホテル。その跡地は?

ココがキニナル!

山崎洋子さんの小説「横浜幽霊(ゴースト)ホテル」のモデルはたしかバンドホテルだったとか。もうバンドホテルはないですが、跡地はどうなっているのでしょうか?(ナナさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

1999(平成11)年、バンドホテルは70年の歴史の幕を閉じた。その跡地は現在、「MEGAドン・キホーテ山下公園店」になっていた!!

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ライター:大和田 敏子

横浜在住の作家、山崎洋子さんの小説「ヨコハマ幽霊(ゴースト)ホテル」のモデルとなったホテルということで始まった調査だが、小説の舞台はバンドホテルではないということが判明。跡地についても、すぐに判明したので、以降、バンドホテルの歴史について少し調査してみることにした。



バンドホテルと「ヨコハマ幽霊(ゴースト)ホテル」



まずは、「ヨコハマ幽霊(ゴースト)ホテル」を読んでみた。
 


山崎洋子著「ヨコハマ幽霊(ゴースト)ホテル」(講談社)


第1章の中に次のような描写がある。
“車は山下公園に沿った道、通称海岸通りを走り、そのはずれにある山下橋を渡ったところで停まった。
七階建ての、薄汚れた建物がそこにあり、「BUND HOTEL」という文字が壁面に浮き出ている。
「バンドホテル・・・・・・海岸通りホテルという意味ですよ。いい名前でしょ。ちなみにお祖母様のホテルは海岸ホテル・・・・・・コーストホテルという名前でしてね。・・・・・・(以下略)」”
 


☆がバンドホテルのあったところ(Googleマップより)


主人公はバンドホテルに1泊し、翌日、コーストホテルに行くという展開になっている。この後も、小説の中で何度かバンドホテルが登場するので、キニナル投稿者は、小説の舞台をバンドホテルと誤解されたのかも知れないが、舞台の中心はコーストホテルの方だ。幽霊が殺されたと噂されるこのホテルは、コーストホテルではなく、ゴーストホテルと呼ばれる不気味なホテルとして描かれている。

先日のインタビューの中で、山崎洋子さんは、このホテルに実在のモデルはなく、中華街にある怪しい雰囲気のホテルという設定で書いたと話されている。
 


横浜を舞台とした小説を数多く執筆されている山崎洋子さん




歴史の大きな波にもまれながら、時代の最先端となったバンドホテル



バンドホテルに話を移そう。
 
バンドホテルの創業は1929(昭和4)年。木造2階建てのホテルだった。海岸通りを意味する「バンド」の名の通り、港の見える丘公園のふもとにあったホテルの目の前には、海が広がっていた。当時はまだ、山下埠頭もできておらず、視界を遮るものはなかったのだろう。ホテルの2階からは、横浜港を行き交う豪華客船も見えたという。
 


1929年創業のバンドホテル(「ランドマークが語る神奈川の100年」<有隣堂>より転載)


戦前、バンドホテルは外国人の社交場として栄えたが、太平洋戦争が始まると交換船に乗る外国人が多く訪れた。戦時中は、ドイツ軍専用のホテルとなった。さらに敗戦直後は進駐軍の従軍記者宿舎となる。バンドホテルの接収が解除されたのは、1956(昭和31)年、営業を再開したのは翌年4月のことだった。

1959(昭和34)年、バンドホテルは鉄筋7階建ての近代的なホテルに生まれ変わり、1968(昭和43)年には、7階にナイトクラブ「シェルルーム」がオープンした。ドレスアップしたカップルが集い、生バンドをバックにダンスを楽しみ、ショーが見られる「シェルルーム」は大人の社交場として憧れの場となる。
 
さらに、ステージのミュージシャンも食事も一流ということで知れ渡り、財界をはじめとする著名人がテーブルを占めることも少なくなかった。当時、横浜のバンドホテルは最先端の存在だったのだ。
 


「シェルルーム」でのさよならパーティー(1999年5月25日、読売新聞社撮影:
「ランドマークが語る神奈川の100年」<有隣堂>より転載)


また、1982(昭和57)年には、旧ホテルを利用してライブハウス「シェルガーデン」がオープンした。桑田佳祐、安全地帯、ゴダイゴ、チューブの前田亘輝、尾崎豊など、有名ミュージシャンが若手の時代にここで腕を磨き、世に出ていったという。

バンドホテル全盛の時代を私は知らない。それどころかその存在さえも知らなかった。バンドホテルに関する記述を読むにつれ、それが残念でならない。
 


今はなき、バンドホテル(写真提供:森日出夫)