横浜駅西口のダイヤモンド地下街入り口に行く途中にある、誰も気にしていない金色の女性像とは!?
ココがキニナル!
横浜駅西口のダイヤモンド地下街の入り口にある金色の女性像の由来を知りたい。何十年も前からあると思う。誰も気にしている様子はないが、誰が制作したもの?(ぶんさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
作者は横浜在住であった彫刻家の井上信道氏。像のタイトルは「宇宙と子どもたち」。1989年から置かれているが、気にしている人はほぼいなかった。
ライター:藤井 涼子
金色の女性像を見に行こう
JR横浜駅中央改札から出て、ダイヤモンド地下街に行くためのエスカレーターを上がったところに金色の女性像はある。
金色に輝く女性像を発見!
はじめにこのキニナル投稿を読んだ時、「そう言われてみれば、そんな女性像があったような、なかったような・・・」とはっきり思い出せなかった。筆者は以前横浜駅近くに20年以上暮らしていて、西口にあるバスターミナルをほぼ毎日利用していたので、毎日この像の横を通っていたことになる。
たしか「女性像って座っていたよね」と思いつつ、改めて今回見に来たら立っていた。
人間は意識して見ていないと、なかなか印象に残らないものなのだ、と実感。
正面から見た女性像。思いっきり立っている
キニナル投稿者の指摘には「誰も気にしているような様子はない」とある。
横浜駅中央通路にあるため、エスカレーターの利用者は非常に多く引っ切り無しに人が通る。その様子をしばらく観察していたが、皆進行方向を見ていて、女性像に目をやる人は全然いなかった。
通り過ぎる人たち10名に「この像の存在に気付いていましたか?」と聞いてみたところ、8名が「言われるまで気付かなかった」との返事で、「知っていますよ」と答えてくれた人は2名であった。
女性像を見る通行人はおらず、像にカメラを向ける筆者がやたらと注目された
なかなか大きな像だ。「やや小柄な大人」くらいの大きさがあるように見える。
・・・というわけで、失礼を承知でこっそりとサイズを測らせていただいた。
筆者の頭上にある監視カメラが少々キニナル・・・
足のサイズは19cm、小学校低学年くらいだろうか。足の形や厚みなど本物の人間のものそのものといった感じだ。
通行人の注目の的となる筆者。ひざ下を失礼します
ひざ下は43cm、筆者のひざ下も測ってみたところ同じくらいだった。筆者の身長は161cmなので、像の身長も160cm近くありそうだ。
一体誰が作成して、誰がここに置いたのだろうか。
よく見ると女性像の土台となる部分に作者の名前があった!
正面から見た土台部分
作者の名前と思われる「井上信道」と彫ってあり、その下に「結成15周年記念横浜ダイヤモンドL.C.」とある。
土台の裏。2007(平成19)年に修復したようだ
土台の裏には「管理責任者:ライオンズクラブ国際協会」とあった。表に書いてあったL.C.とは「ライオンズクラブ」の略称のようだ。
早速ライオンズクラブ国際協会に連絡して、取材の依頼をした。
女性像は完成当初、現在のような輝く金色ではなかった!?
ライオンズクラブ国際協会に問い合わせたところ、「横浜ダイヤモンドライオンズクラブ(以下横浜ダイヤモンドL.C.)は、解散してしまって今は存在しない」とのことであった。
しかし、横浜ダイヤモンドL.C.で約11年間事務局員をやっていたという町田和美さんにお話を聞くことができた。
今も別のライオンズクラブで事務局員として活躍中の町田さん
そもそもライオンズクラブとは「社会奉仕団体で、自身が得た利益を地域や社会に還元していきたいという人が加入する会」のことで、横浜ダイヤモンドL.C.の会員は、横浜駅西口エリアに会社やお店がある経営者や会社役員などが多かったとのこと。
地域への奉仕活動をはじめ、交換留学生や障害児施設、交通遺児育英会への援助、献血運動などさまざまな活動をしていたそう。
横浜駅西口タクシー乗り場横に設置された案内板も寄贈品
金色の女性像は、土台に彫られていた通り横浜ダイヤモンドL.C.の15周年を記念して1988(昭和63)年に、横浜市神奈川区在住の彫刻家・井上信道(のぶみち)氏に依頼して作成された。
なぜ、女性像が横浜駅中央通路に置かれることになったのか? これについては、「人々が多く行き交うところに置きたいという思いがあったのではないか」とのこと。
また、横浜ダイヤモンドL.C.はダイヤモンド地下街や横浜駅西口エリアにお店や会社がある会員が多かったため、その場所に思い入れがあったようだ。
像の清掃については、現在像を管理しているライオンズクラブ330-B地区3R-1Zの3クラブにより、年に1度行われているそう。
金色に輝く像は現在、表面に金箔が施されているそうだが、完成した当初は金箔ではなく、「金泥(きんでい)」(金粉を膠<にかわ>の液にとかしたもの)を表面に使用していたそう。
これだけの大きさのブロンズ像が「片足で立つ」というのは、かなりの強度が必要となるため技術的にも難しいらしい。
片足だけで立っている
ブロンズ像に金泥を使用することは珍しいとのことだが、完成してから数年後に金箔を貼ることとなる。
「詳しいことは、井上先生のアトリエへ行ったら教えてもらえますよ!」とのことで、町田さんと、像を金箔にする時に横浜ダイヤモンドL.C.の会長だった菅原稔ご夫妻にご同行いただき、井上信道氏のアトリエへ取材に行くこととなった。
金箔への変更時に横浜ダイヤモンドL.C.会長だった菅原さんご夫婦