【GW特別企画】GWに行きたいオススメのスポットはどこ?(鎌倉・横浜編)
ココがキニナル!
いい店はただでさえ人気があるけれど、GWは煩悩を爆発させて、気の向くままに鎌倉から横浜にかけていろいろ名所を歩いてみるべき
ライター:永田 ミナミ
大仏、大地に立つ
初夏の熱を帯びた太陽を浴び、今日も大勢の人々に囲まれながら、鎌倉の大仏は考えた。
この場所に坐って750年くらいになるのか。悟ったのはそれよりだいぶ前だからもういつだったかはっきり覚えてないけれども、苦行時代の苦しさも今になってみればいい思い出だ。
ちょっと待てよ、と大仏は考えた。ここに坐っている750年のうち、500年ちょっと雨ざらしって、これ、ひょっとして苦行じゃないか? ていうか、750年坐りっぱなしってのがそもそも苦行なんじゃないのか?
苦行では悟りを開くことはできないと気づいて悟りを開いたのに、うっかり500年苦行してただなんて、うっかりし過ぎじゃないか。
そう思った次の瞬間、大仏は無意識のうちに街に飛び出していた
あ、しまった。やってしまった
立ち上がってしまった
まあでも、天気もいいし
たまにはいいか
ということで750年ぶり、というか初めて大仏は街ヘと繰り出した。実は自分の周りで観光客や修学旅行生が話しているのを聞いて、いつか行ってみたいと思っていた場所がいくつもあるのだ。
なかでも若者たちが甘酸っぱげに「由比ヶ浜歩いて帰ろうぜ」とか「砂浜に名前書いてきちゃった」とか話しているのを聞いて、今まで何度も立ち上がりたい衝動を抑えてきた。悟っていなかったら、とっくの昔に立ち上がっていただろう。
そう、大仏はずっと、海が見たかったのである。そしてそれは、かつて自分の住処(すみか)を押し流し去ったものとの和解でもあった。
大仏、散歩の準備
というわけで暖かい陽気にまかせて散歩をしようと歩きだしかけて、はたと立ち止まった。
日に灼かれ雨に降られていただけで右も左もわからないのだ 大仏
ということで、少し考えてから動こうと目の前の「千代仁(ちよじん)」の暖簾をくぐった
ひさしぶりの娑婆(しゃば)に圧倒されかけていたので、落ち着いた店内で落ち着きを取り戻し、ふと視線を上げると何だか照れくさい文字が目に入った。
大佛うどん、とはこれはまた何ともはや
大仏が大佛うどんを頼むのはさすがにいきなりはしゃぎすぎだろう、それにまだそれほどお腹も減っていない、と考えた大仏は、ひとまず抹茶ジュース(600円)で喉を潤すことにした。
お好みでシロップをちょっと入れるのもいいと言われて甘い誘惑 大仏
見た目は青汁のようでもあるが、飲んでみると抹茶の風味がガムシロップの甘みと調和して、娑婆に繰り出して最初の冒険にはぴったりのやさしい味わいだ。
ほっとしたところで店内を眺めると、迷える大仏にはうってつけのコーナーを発見。
ほほう、これはありがたい
地図を眺めて鎌倉の俯瞰(ふかん)図を覚えると、大仏は「鎌倉インフォメーション」から一冊拝借し、テーブルに戻った。
おお、鎌倉って何て魅力溢れる街なんだろう
そういえば、こないだあいつが遊びに来たとき言ってたな
そのとき、大仏の頭にふとよぎったのは「大仏様も、たまには遊んだほうがいいっすよ。もう悟って長いですから、凡下の輩(ぼんげのともがら)の気持ちに寄り添う意味でも、ときどき羽目を外したほうがいいっすよ」と饅頭を頬張りながら話した地蔵の言葉であった。
ようし、今日は地蔵の言うことに従って、いつもやらないことをいろいろやってみるか。そう考えた大仏は、鎌倉の地図を頭に入れて冊子を返すと、海を目指すことにした。
大仏、海へ
店を出ると、降りそそぐ太陽が、そうだよ海に行くしかないよと微笑みかけているような気がした。
さてと海は、あ、向こうか
とりあえず目の前の信号が青だったので横断歩道を渡り、海のほうへ歩きだしたが、さっそくキニナル店を見つけて立ち止まった。
ひょっとしてここは修学旅行生が「木刀買って帰ろうぜ」と話す店なのでは
と店内を覗くと釈迦如来がいらっしゃったので挨拶
木刀のほかにもいろいろな武器がならんでいるところを見ると、修学旅行生だけでなく僧兵たちも来る店なのかもしれない、今度地蔵にきいてみるかな、と考えながら店を出た。
色褪せた葉書ににじむ年月はわが身世にふるながめせしまに 大仏小町
ちなみに釈迦如来と阿弥陀如来のちがいは印の結びかたでわかる。
左が釈迦如来の印で右が阿弥陀如来の印
阿弥陀如来の印は、掌がみえるように右手を上げて左手を下げていたり、両手とも上げていたりするが、親指+人差指か中指か薬指で輪をつくっていれば、すわっていても立っていてもそれは阿弥陀如来である。
ただし大仏の印は少し変わっていて人差指が親指の向こうで垂直に立っている
さらにちなみに、釈迦如来は仏陀本人のことで、阿弥陀如来は宗派によって意味づけが変わるが、わかりやすい例で言えば曼荼羅(まんだら)で西方に配置されているのが阿 弥陀如来である。西にあるとされる極楽に行きたくて南無阿弥陀仏(阿弥陀仏に帰依します)と唱えるのはそのためである。
まあ仏像講座はこんなところで、散歩を楽しむぞ、とはしゃぐ大仏
とそこへ「あ、大仏だ」という女人の声が聞こえてきた。振り返ると手を振ったり印を結んでくれたりしている。
遠足という旅の途中であるという。若き日は短いからめいっぱい楽しまれよ
若者たちを見送り、旅の無事を祈ったが、考えてみると海は若者たちが歩いていった方向だった。さあ、ではいざ海へ。
と思ったが、少し歩くとまた自分の顔を発見。大仏ビールとはどういうものかしらん
こういうものであった。ラベルのデザインがソークール
ここ吉野屋酒店は創業90年ほど。大仏ビール(540円)は、熊沢酒蔵が湘南地区のアーティストとコラボレートしたアートラベルシリーズの第二弾で、小田 原のnicocafeデザインによるもの。ビールの種類はシュバルツ(ドイツ、バイエルン地方発祥とされる下面発酵黒ビール)である。
なんだか慕われているようだと喜ぶ大仏は、海で飲もうと購入
大仏、大仏に出会う
そして今度こそ海へ、と歩きだしたのも束の間、またもや「大仏」の文字が見えてきた。
大仏グミとはどういうものかしらん、と1995(平成7)年オープン、「駄菓子や」の暖簾をくぐる
こういうものであった。この通りでしか売っていないグミ(200円)はソーキュート
ほかにも大仏足飴や金の大仏飴(300円)というラインナップ
そう、たしかに大仏は完成当初は金箔が貼られた黄金の大仏で、今でも頬のあたりに金箔がうっすらと残っているのだ。
仏像をつくるなんて畏れ多くてできない、けど何か形あるものが欲しい、と考えた人たちが仏陀の足跡をかたどって信仰の対象とした「仏足石」を飴にするなんて、なかなか粋な店である。
修学旅行生に人気があるのはこのクラフトテープ(左200円、右400円)
なかには小遣いを大仏マスクにつぎ込む信心深い学生もいるとか
思いがけない大仏との遭遇に、今までに感じたことのない気持ちを味わいながら印を結んだ大仏であった。それにしても修学旅行生のために定価よりも200円安く販売しているそうで、何とも良心的である。
大仏でいっぱいの店内に嬉しかったり照れたりしながら大仏グミを購入
大仏、いよいよ海へ
店主の酒井さんに別れを告げた大仏は、さて、もう今度こそ本当に海へ行くぞ、と歩きだした。
歩きだす鼻をくすぐる潮風に螺髪(らほつ)は硬くなびくことなし 大仏
角を曲がると女人の水着が売られていて、悟る前のあの熱き血潮を思い出す
悟るだけがすべてじゃない、心震えるような恋をするのも悪くないぞ、若人よ
大仏と海
そして、大仏は初めて海を見た。
おお、このどこまでも続く瑪瑙(めのう)色の水のひろがり
これが、海なのか・・・
一心不乱に横断歩道を渡り石段を降り、大仏は海を目指した
砂って何てやわらかいんだろう。大仏は足を取られてよろけながら砂浜を踏み越え、ついに波打ち際に立った。
ああ、海って本当に
最高だなあ
海とはすべての生命の根源なのだ。大仏殿を流されたこともあったけど、私は元気です。大仏はそうつぶやくと涙をぬぐい、おもむろに傍らの石を拾い上げた。
そして、心から湧き出る言葉を勢いよく砂浜に刻み込んだ
この文字もやがて波が洗うだろう。散歩の犬に踏み消されるのでもいい
だって、思わず自分で自分に帰依しますってかいてしまったから。大仏は興奮した心を鎮めるべく、そして海と向き合うべく、坐禅を組んだ。
夏が来るさっきの水着を着てはしゃぐ女人が遊ぶ夏が来る 大仏
地蔵から聞いた夏の由比ヶ浜を想像して、頬を赤らめる大仏であった
いかんいかん、私には晶子がいるではないか。大仏は立ち上がると、こんなこともあろうかと持ってきていたTシャツを取り出した。
かまくらや御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな 晶子
何度読み返してもいい歌だなあ。ようし、さっき買ったビールでも飲むか。