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弘明寺の家具店にいるツタンカーメンの正体は?

ココがキニナル!

鎌倉街道を弘明寺から関内方面に走行中、信号で止まった右手の家具屋の中にはツタンカーメンが。気になる(ルミルミさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

商品ではあるものの、商品というより人目を引くかなと思って置いた棚だった。そして、この投稿があったということは実際に人目を引いている模様

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ライター:永田 ミナミ

家具屋を探して



ツタンカーメンといえば、若くして命を落としたことから毒殺や撲殺といった暗殺説など謎が謎を呼び、また、ほとんど盗掘されることなく副葬品などがほぼ完全な状態で発掘され、なかでも黄金のマスクがよく知られている、紀元前14世紀古代エジプト第18王朝のファラオである。

とはいえ近年のDNA鑑定など最新技術を用いた科学的調査によって、大腿骨の骨折とマラリアの合併症によって19歳が死因であるという有力な説が紹介され、なお暗殺説が完全に否定されたわけではないものの、「カーナーヴォン卿をはじめ関係者が次々に怪死」など噂が噂を呼んで20世紀に世界を騒がせたファラオの呪いは、どうやら解けたようである。

そんなツタンカーメンが弘明寺の家具店にいるというので行ってみた。
 


活気溢れる弘明寺商店街を抜けると、鎌倉街道が見えてくる
 

左に曲がって歩いていくと関内方面である
 

そして歩いていくこと約5分
 

家具店を発見。一見ごくふつうの町の家具店のようだが、店内に目を凝らすと
 

たしかにそこにはツタンカーメンが立っていた


弘明寺のツタンカーメンはいったいどんなツタンカーメンなのだろう、と思いながら歩いてきたが、予想を上回るなかなか本気のツタンカーメンだった。
そして、少年王はテーブルや棚、ランプなどの家具と一緒に何食わぬ顔でならんでいる。
 


家具店の名前は「渡辺家具」である




渡辺家具にて



さて、ツタンカーメンにまつわるエピソードを発掘するべく店のなかへ入ると、弘明寺の少年王は、外から眺めるよりもはるかに圧倒的な存在感を放っていた。
 


ソファといくつかのダイニングセットの向こうに佇む黄金の少年王
 

少年王の存在感と「まごころを込めた手づくりの家具」の安心感
 

そして少年王が映りこまなければ安心な家具店の風景


店内をよく見てみると、ツタンカーメンほどの違和感的存在感はないものの、動物や乗り物をかたどった玩具や置物が棚やテーブルの上に置かれている。

といった感じで1人で店内をうろつきながら写真を撮っていたのは、ご主人の渡辺さんに取材内容を伝えている途中でお客さんが入ってきたため、店内の撮影を許可していただいて、一段落するまでうろついていたからである。

というわけで、一段落したご主人がやってきて「ああ、あれはね」と笑いながら、話を聞かせてくださった。
 


とても気さくに話してくださったご主人の渡辺さん


渡辺家具は創業90年くらいになるという老舗で、もともとは福富町で開業したという。

戦後、福富町やその周辺一帯は米軍に接収され、飛行場などもできていつ返還されるかもわからなかったため、1952(昭和27年)ごろに現在の場所に移転した。その後しばらくして、ご主人もお店で働きはじめて約45年になるとのこと。

そんな老舗の家具店になぜツタンカーメンがあるのかというと「商品としてというよりも、人目を引くかなと思って」取引先の輸入業者から仕入れたという。

「家具屋っていうのは、もともと気軽に入る種類の店ではないでしょう。だから何か人目を引くものがあったら、見に入ってくる人もいるかなと思って」という渡辺さん。その輸入業者は、ときどき変わったものを見つけてくるそうで、面白そうなものがあると仕入れているという。
 


この曲がりくねった時計も同じ業者から仕入れたもの


ツタンカーメンを置いたのは今から4〜5年前。置いてまもないころは、子どもが店内に入ってきて「(ツタンカーメンの)なかに入りたい」と言ってきたこともあったという。

そのほかにも今までに数件、値段の問い合わせもあったというし、今回の投稿もあったことから考えても、弘明寺の少年王は渡辺さんの期待に応えてしっかりと人目を引いているようだ。
 


見積書を送るところまで進んだこともあったが、今のところまだここにいる