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「2016年1月31日までの営業」といわれていた横浜駅西口ビブレ前のおでん屋台は本当に姿を消すのか?

「2016年1月31日までの営業」といわれていた横浜駅西口ビブレ前のおでん屋台は本当に姿を消すのか?

ココがキニナル!

横浜駅西口の幸川沿いにある12軒のおでん屋台、今月いっぱいで廃業するそうですね。約60年の歴史があるそうですが、その最後とこれからを取材していただけますか?(輪太郎さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

2月1日以降も4軒のみ営業を継続。廃業した屋台の撤去時期は未定だが一定期間を経ても撤去しない場合は行政代執行となる

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ライター:はまれぽ編集部

ビブレ前のおでん屋台



「『食っていくため、生活のため』といって許容できる黙認期間をはるかに超えている。平成になる前に、不法状態が解消されているべきだった」

「道路の不法占拠であり、実際に交通の支障になっている以上、撤去は止むを得ない」

「これは一つの文化だと思います」

これは2014(平成26)年12月25日に掲載した「市から立ち退き命令があった横浜ビブレ前のおでん屋台、2016年1月に姿を消すってホント?」に寄せられた読者からのコメントだ。
 


そして2014年取材時、夕暮れにともる灯に集う人から「惜しむ声」をたくさん聞いた
 

終戦直後から横浜駅西口近く「狸小路」周辺にあったおでん屋台。1955(昭和30)年ごろから横浜ビブレ前の幸川に沿って立ち並び、60年以上経った今まで昭和の風情を残し、営業してきた。

ここは「市道を不法占拠して営業している」とされ、店主たちは横浜市から1988(昭和63)年ごろから店を撤去するよう言い渡されていた。しかし店主たちは「生活がある。お客さんもいる。だからすぐにはやめられない」と主張。膠着状態は続いている。
 


以前の記事以降さらに立ち退いた店は6軒。ごみが散らばっていて汚い
 

行政は1988年から「ただちに撤去するよう警告する」と主張していた
 

行政と屋台の店主たち、両者は話合いを繰り返し、2010(平成22)年、おでん屋台の組合は約5年後の2016年1月31日に自主撤去する、と西土木事務所と合意したという。

しかし、真意では「合意していない」。それが浮き彫りになった前回の取材を経て、約1年後、期限となる1月31日を迎えることとなった。

店主、街の人、行政はどう考えているだろうか。最後と言われた31日の直前と当日様子も含めて取材をすることにした。
 


1月29日


 


横浜駅西口から徒歩5分、川沿いには明かりがともる
 

この日は週末の金曜日。雨が降り気温も低く凍てつく寒さのなか、酒を飲んで上機嫌になった人々が行きかう。

見たところ、6軒のおでん屋台が営業していた。どの店も満席で、湯気が小さな戸口を曇らせている。

戸をたたき、店に入ろうとすると、たいがいの店で「いっぱいだよ」と言われたが、前回取材をした屋台の店主は顔を覚えていてくださり、取材であることを察したようだ。立ち話で少し状況を伺うと、キー局が放送するテレビ番組を中心にマスコミが5組ほど来た、とのことで、少し疲れた様子だった。

その後数軒の店を回ったが取材はNG。少し聞いた会話のなかには閉店の話題が上がっており、店主は「行政の言うことだから」という言葉を繰り返していた。

そんななか、1軒だけ店に入れてくれたお店があった。取材の趣旨をお伝えすると店主よりも先に、お客さんが「お姉さん、まずは飲んでいきなよ」と声をかけてくれる。
  


よく煮えた大根と厚揚げを瓶ビールでいただく
 

俺は顔を出したらだめだよ、と笑う男性
 

声をかけてくださった男性はこのおでん屋台に30年以上前に来ていたという。「屋台がなくなるっていうから、飲み友達と来たんだよ」と話してくれた。

「ママ(店主)の前にやっていたおばあちゃんのときによく来ていてね。さみしいよね。なくなっちゃうとさ」そう語り筆者と杯を交わしてくれた。

「ママは今こんなだけど、昔はやせてきれいだったよね」「うるさいな、着ぶくれしてるだけよ!」そんな男性とママの軽口も耳に心地よい。
 


これはおれのおごりだ、と言って飲ませてくれた。酒は剣菱
 

おでんは優しい出汁の味。厚揚げの上には刻んだネギの上にマスタードが乗っていて、とても美味しい。お店に来ている人たちに話を伺った。
 


笑顔が寒い冬の夜をあたためる。常連さんたち
 

「いろんなところから取材が来ているけど、ママも答えないしお客さんもあまり話をしないようにしていますよ」とのことだった。複雑な心境が伺える。
 


ママはお二人を名前で呼んでいた。常連さんだ
 

店内の雰囲気は、とても和やか。一人で入店したお客さんも楽しく飲んでいる。

閉店についても話題にあがるが、決してしんみりとした雰囲気ではない。前回取材したとき、とある店主から聞いた「最後の1日まで同じように、普通にやるだけだよ」という言葉が頭をよぎった。

少しキニナってママに「閉店したらおでんの出汁はどうするんですか?」と伺うとサバサバした口調のママは「え? 捨てちゃうよ」と言っていた。
 


おでんの優しい出汁の味とも別れのとき
 

続いて、本当に31日で閉店するのか、ママに質問すると「もう終わりだよ、終わり。明日(30日)で最後だよ。明後日は日曜で、もともと休みだからやらないよ。行政の決めたことだからね。もう終わり」と相変わらずサバサバと話をしてくれた。

最後の営業は、31日ではなく30日であることを知り驚いた。もう少し話を伺う。ママはここで「おばあちゃん」(義母)から屋台を継ぎ、30年ほど店主をしている。「おばあちゃん」と呼んでいる義理の母から店を継いだ、という店主の店はほかにもある。

30年で印象に残った出来事を聞くと「思い出? 特にないよ。普通にやってるだけだよ」、そう話すと目線をそらし、手際よくおでんだねを追加していた。
 


白髪ネギとマスタードが合う粋なソーセージのおでん
 

若い男性客は言う。「俺ね、ここでママに会わなかったら、今の俺がないの。ママが紹介してくれた人に仕事を紹介してもらって、生活ができるようになったんだ」

お客さん同士のエピソードを聞きながら、おでんをいただく筆者にママは「人間関係は思いやりよ」と言った。

「屋台の撤去ついては多くは語れない」というなか、取材を受けてくださったママと常連さんにお礼を言い、店を出た。

時間をおいて、街の人に意見を聞いた。おでん屋台がなくなることに対してどう思っているのだろうか。

横浜駅によく来るという40代の男性は「なくなるかどうかについて興味はない。屋台に行こうと思ったこともないし、じゃまだとも思ったことはない」と関心がない様子。

続いて数十年通っているというお客さんに話を伺った。
 


よく屋台に来る、というお二人
 

「自分はここで初めて酒を飲んだんだ。昭和の風景がなくなってしまうことがさみしい。なんで、なくなってしまうのか・・・。残念ですよ」とのこと。

ほか30代男性は「確かに風景が変わることはさみしいが、あの周辺は車で通れないし、雰囲気もよくないからきれいにしたほうがいい」と冷静に話してくれた。

撤去したほうがいいという人、残したほうがいいという人、20人ほどに話を聞いたが半々で、意見もさまざまだった。