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テニス発祥の地は横浜だった!?

ココがキニナル!

テニス発祥の地が横浜にあると聞きましたけど、どんなところなんですか?(Tiaraさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

日本のテニス発祥地は、山手公園。ここには、歴史あるテニスクラブの他、テニス発祥記念館や市営テニスコートもあり、テニスの聖地ともいえる場所。

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ライター:吉田 忍

日本初の西洋式公園 山手公園



石川町の駅から丘を登って、フェリス女学院の奥に進んだあたりに、ヒマラヤスギの並ぶ山手公園がある。
君が代発祥の地で紹介した妙香寺も近い。この山手公園は、1870年にできた日本初の西洋式公園。

生麦事件の影響で、居留地から出ることにためらいがあった外国人たちの間では、安心してピクニックやスポーツなどを楽しめる場所が待望されていた。
そこで明治政府から土地を貸与してもらい、W・H・スミスというイギリス人を中心に外国人たちが資金を集めて整備したのが、山手公園だ。
 


日本最初の洋式公園という説明プレートや石碑がある


この公園にたくさん生えているヒマラヤスギも、初めて日本に植えられたもの。『ジャパン・ヘラルド』のイギリス人ジャーナリスト・ブルックが、1879年にインドのカルカッタから種を取り寄せてこの地に植えた。

ヒマラヤスギは、西洋建築に独特の趣を与える樹形だったことから、山手公園の木々から種や苗のかたちで日本全国に広まっていく。
 


巨木に育ったヒマラヤスギ


この木を日本にもたらしたブルックは外人墓地に眠っており、その傍らにはヒマラヤスギが墓を守るように生えている。



テニス発祥



そして、日本ではじめてテニスが行われた場所もここ、山手公園だった。
 


庭球(テニス)発祥の地の碑


1876年6月に山手公園でテニスが行われたという記事が、『ジャパン・ウィクリー・メール』という新聞に書かれている。

1874年に初めてイギリスでテニスが行われた年からたった2年というスピード。
当時の外国人たちがいかに本国の流行に敏感だったかがわかる。

今までのスポーツと違い、女性も楽しめるというテニスの特徴が受け入れられ、1878年には、横浜在住のイギリス婦人たちによってLadies Lawn Tennis and Croquet Club(レディーズ・ローンテニス・アンド・クロッケークラブ)が結成される。

このテニスクラブは、「横浜インターナショナル・テニス・コミュニティー(YITC)」という名で今もこの地に残っている。
 


テニスクラブ「YITC」


『ローンテニス』というのは、一般的なテニスのこと。
壁に囲まれた場所で行うロイヤル・テニスやコート・テニスと区別するためにこの名称が使われた。

また、『クロッケー』もイギリス発祥のスポーツだが、この球技が山手公園で行われた記録は残っていない。
クラブは、イギリスから芝の種を取り寄せ、庭師を呼び、山手公園内に5面の本格的なテニスコートを造成した。

婦人たちは馬車に乗り、バスケットに紅茶とお菓子を入れてクラブに集まり、ボンネットをかぶり、長いスカートに手袋という優雅な姿でテニスを楽しんでいた。
 


当時はこんなドレスでプレーを行った。(テニス発祥記念館に展示)


当時、外国人男性のためのクラブはいくつもあったが、女性向のクラブは珍しかったことから注目を集め、横浜商業高校やフェリス女学校、紅蘭女学校(現:横浜雙葉学園)などがテニスを取り入れ始め、日本のテニスの歴史がはじまっていく。

YITCの隣には横浜市営のテニスコートがあるので、誰でも気軽に発祥の地、山手公園でプレーできる。
 


横浜市営のテニスコートは、ネットで予約できる