ラー博「支那そばや」卒業当日の様子をレポート!【現場レポート第2弾】
ココがキニナル!
「支那そばや」が12月1日、ついに新横浜ラーメン博物館を卒業した。約20年間に渡ってラーメンファンの胃袋を満たしてきた名店の最後の様子がキニナル(はまれぽ編集部のキニナル)
はまれぽ調査結果!
多くのファンに愛される支那そばやには、最終日も大勢の人が詰めかけた。ラー博は卒業してしまうが、今後も引き続き戸塚の支那そばや本店は元気に営業する。あの味が恋しくなったら本店に行こう!
ライター:はまれぽ編集部
2019(令和元)年12月1日、ついに「支那そばや」が新横浜ラーメン博物館(以下、ラー博)を卒業した。前回の【現場レポート第1弾】で卒業の経緯や故・佐野実(さの・みのる)氏の妻、佐野しおりさんのインタビューはお伝えしたとおりだ。
今回は、卒業当日、支那そばやラー博店最後の日の様子をお伝えする。
現場レポート第1弾はこちら
開店前から長蛇の列
12月1日朝、新横浜駅周辺はカラリと晴れ渡り、気温は7度と冷え込んだ。日曜日なのでラー博は10時30分に営業を開始する。筆者は、9時30分過ぎに現地に到着した。
到着するとすでに列が
するとすでに6組ほどが並んでおり、寒空の下開店を待っていた。そこで列の先頭の男性に話を聞いてみた。
残念ながら写真撮影は断られてしまったが、答えてくれたのは高橋さん。なんと秋田からはるばる来たそうだ。前日に新横浜入りし、駅近くのホテルで一泊して朝の6時から並んでいるという。高橋さんは生粋の支那そばやファンで、「絶対に一番になる」と意気込んでこの日を迎えた。
「すごいですね」。そう筆者が言うと、こともなげに「このあと、戸塚の本店にも行きますよ」と高橋さん。「支那そばやのラーメンを食べたら、他のラーメンは食べられない」とまで語るその姿に、支那そばやへの深い愛を感じる。
さて、高橋さんと話しているうちに、気づいたら列は続々と伸びていた。
気づけば人数は2倍ほどに
この時点でまだ9時50分くらいである。
他のお客さんも目当てはやはり支那そばやで、「最後にもう一度」との思いで詰めかけた。印象的だったのは、遠方からやってくる人の多さだ。高橋さんの秋田をはじめ、埼玉、名古屋、広島、そして福岡と、話を聞いた人だけでもこれだけ多岐にわたる県外からはるばる来ていた。
ちなみに、どの方にも写真撮影は断られることになる。支那そばやファンのみなさんはシャイな方が多いのだろうか。あるいは、何かしら筆者に問題があるのだろうか・・・
後者であるとすれば死活問題である。
10時過ぎ、開店まで30分!
10時を過ぎると、いよいよ行列は長蛇となってきた。先頭の高橋さんはすでに4時間も並んでいることになる。続々と集まってくるラーメンフリークの皆さん。その多くは最後の支那そばやを味わいにやって来た。
先頭でシャッター越しに館内を覗く高橋さん
今か今かと開店を待ちわびるみなさん
いまや世界中から観光客がやってくるラー博である。この日も、大型バスが到着し中国からの観光客ご一行が続々と降り立った。
中国からの観光客ご一行も到着
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この行列を受けて、10時30分を待たずにラー博は入場を開始した。いよいよ、支那そばや最後の日が幕を開けた!
10時10分頃、シャッターが上がり始める
ついに入場開始!
ここで筆者は、前回ご登場いただいた中野正博(なかの・まさひろ)さんの案内で館内に入った。仕事とはいえ、列に並んで入場を待っているお客さんを差し置いて館内に入るのは、いくら狭隘(きょうあい)な良心といえどもさすがに多少はとがめた。みなさん・・・すみません!
今回も担当してくれたラー博の中野さん
支那そばやラー博店、最後の営業開始!
店舗に移動すると、支那そばやスタッフが集まって朝礼が始まった。中心にいるのはもちろん、株式会社サノフード代表取締役・佐野しおりさんだ。
「20年間の最終日です。みなさん、本当にお疲れさまでした」
冒頭、しおりさんはまず、スタッフへの感謝を述べた。そして、「それぞれのポジションで最高のおもてなしをしてください」と訓示。
これが最後の朝礼となる。万感こもごも到り、こらえきれず涙を流すスタッフの姿も。みなさん、しおりさんの話に耳を傾けていた。
これが最後の朝礼
スタッフのみなさんの胸には様々な思いが去来する
朝礼が終わるとみなさんで記念撮影。みなさんの表情や会話から、固いチームワークで結ばれていることが感じられる。
チーム支那そばやラー博店
また、卒業にあたり関係者から花束が贈られた。「みなさん本当にお世話になっている方。感謝しかありません」としおりさん。
色とりどりの花束
佐野しおりさんも朝からお店に立つ
開店時間が目前に迫っているが、ここで、朝礼で思わず涙をこぼした荻野国美(おぎの・くにみ)さんに話を聞いた。
K-POPファンという荻野さん
荻野さん自身は4年、そして娘さんは19年間、支那そばやで働いていたという。そんな荻野さんはK-POPファンで、支那そばやの採用面接の日に、コンサートが開催されていた横浜アリーナにふらっと寄ってみたのだという。
「面接まで時間があったんです。チケットは持っていなかったんですが、もし当日券が余っていたら、その場で買って観ていましたね」
なんと、残券次第では支那そばやで働くことにはなっていなかったというから驚きだ。それがいまでは、あふれる思いをこらえきれず涙を流すまで支那そばやに愛情を持っている。
「さみしいですよね・・・感無量です。思い出はたくさん・・・」
話しながら、ふたたび目頭を熱くする荻野さん。これから開店なのだ。また泣かせて営業に支障が出てしまってはいけない。
荻野さん、どうもありがとう! いよいよ開店だ!