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昔、本牧山頂公園付近にお城があった?

ココがキニナル!

小学生の頃、現在の本牧山頂公園付近で遊んでいたところ、「本牧城」なる石碑があったと思うのですが、本牧に城があったんでしょうか?(リキさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

かつて本牧には台場と呼ばれる建物があり、それが城と呼ばれていたかもしれない!また、石碑は本牧神社を管理する本牧家代々のお墓かも。

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ライター:中村 健人

石碑が見つからない・・・(続き)


石碑がないと話が進まない。再び公園内に戻って再度探索してみたところ、なにやら手がかりになりそうな看板を発見。
 


本牧神社が管理しているようだ


「ここ和田山の一角は本牧地域の氏神「本牧十二天」の社家(代々神職をつとめてきた家) の先祖代々の墓所」と記述されている。
  


確かに城と記述されているが、本牧家のお墓だった


社務所で話を伺ったところ、このお墓は神社を管理する本牧家の代々のお墓で、明治時代から存在するそう。当時、明治新姓という神社が姓を人々に与える制度があり、苗字において特権を持っていた神社の一族が自分たちを「本牧」と名乗り出し先祖代々の墓を立てたという。

墓石には「本牧氏之奥城」と刻まれているが、「奥城(おくつき)」とはお墓の意味。もしかしたら、投稿者さんはこのお墓を「本牧城」なる石碑と見間違えたのだろうか。

ここで完全に暗礁に乗りあげてしまった感が否めないが、もしかしたら本牧城と書かれた石碑があったかもしれない!そんな希望を胸に抱きつつ、横浜歴史博物館で話を伺った。


いざ横浜歴史博物館へ


 


ココで手がかりはつかめるか?!


まずは「本牧山頂公園周辺に本牧城と書かれた石碑があったらしいのですが、知りませんか?」と質問。

すると、横浜市内にある石碑を全てリストアップした本を職員さんが参照してくれた。その結果、本牧山頂公園はおろか、横浜市内に本牧城と書かれた石碑はないことが判明。
 


横浜市内に「本牧城」と刻まれたの石碑はないようだ・・・


しかし、ここで帰るわけにはいかない!
「それでも本牧城がなかったことにはなりませんよね!何かに載ってませんか!?」

そこで職員さんが武蔵国の歴史、自然、農地、旧跡などをまとめた地誌「新編武蔵風土記稿」を調べてくれたが、本牧城の名前は載っていないという。

やはり投稿者さんが見たという「本牧城」の石碑は「本牧氏之奥城」だったのだろうか・・・。




新たな可能性



もはやこれまでか・・・
落胆の色を隠せない記者を見て職員の方が、興味深いことを教えてくれた。

実は本牧にペリーが来航した1853年、幕府は再来航に備えて”台場”を本牧にある護国山に作ったという。台場とは櫓(やぐら)を立て遠くを見れるようにしたり、敵に備えて砲台を設置する場所だ。
 


本牧台場の写真


神奈川にある別の台場が歴史上、「城」と呼ばれたこともあるらしく、この本牧台場を城として呼んでいたことがあったかもしれないとのこと。さらに台場があった場所は本牧山頂公園からそこまで遠くない場所。

我々が想像するような城ではないが、本牧には城と呼ばれていたかもしれない台場なるものがあった!
ワクワクと共に博物館を後にすることが出来た。



まとめ



投稿者さんが見間違えたかもしれない石碑とは、本牧家のお墓なのかも!という展開から始まった今回の調査。しかし追求していくと、実は本牧にはかつて台場があり、それが「城」と呼ばれていたかもしれないという結論にたどり着くことができ、あらためて歴史の面白さに触れることができた調査だった。

台場だけではなく、ここ本牧には他にも面白い歴史がもっと埋まっているに違いない。興味のある方は実際に本牧山頂公園に出向き、あまり知られていない歴史を発掘してみるのもいいだろう。


―終わり―
 

この記事どうだった?

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  • この記事は質問及び結論が間違っていると思います。質問は小学生の頃、現在の本牧山頂公園付近で遊んでいたところ、「本牧城」なる石碑があったと思うのですが、本牧に城があったんでしょうか?となっているが最後は本牧山頂公園付近とすべき。結論は「本牧山頂公園にはありません、おそらく本牧氏奥城の石碑(墓)をみたのでしょう。本牧山頂公園からやや離れた所に護国山(十二天山)や八王字山に台場がありましたが、ここに石碑があったという話はありません・

  • 私は1938年本牧に生れ本牧で育ってきました。開港と戦災と復興の写真を探していて、この「本牧台場の写真」に出会いました。この写真は本牧台場ではなくて、本牧十二天付近と思います。手前の水は現在の下水処理場、煙突は米軍の住宅暖房用の蒸気を作るボイラープラントのもの、後の山はワシン坂病院とカネボウ研修所のあるところと思われます。撮影時期は、下水処理場ができた1962年(昭和37)から米具の接収が解除された1982年(昭和57)の間でしょう

  • 私は1998年に、本牧和田に引っ越してきました。米軍による接収解除のすぐ後だったので、我が家を含めて5 軒も家が建っていませんでした。本牧和田地区も山頂公園もまだ整備されていませんでした。荒れた野原でした。私は、散歩の途中に、現在の本牧小学校のある所で、”本牧城”という石碑を茂みの中に発見しました。家に帰って、戦前から本牧に住んでいた父に話したところ、それは本牧神社の一族のお墓だと言っておりました。戦前、祖父は本牧十二天という場所で“大門”というお店をやっていました。その時、本牧神社は本牧十二天にあって、祖父が営んでいたお店はその本牧神社の門前でした。ですから、当然私の父も本牧神社のことは古くから知っております。その父が、”本牧城”の石碑は”本牧神社の一族のお墓”だと言っておりました。

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