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横浜のココがキニナル!

かつて存在した「陸軍登戸研究所」では、「怪力光線」なる兵器が研究されていたそうです。あまり知られていない研究所だと思いますので、ぜひ詳しく調べていただければ嬉しいです。(maniaさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

旧陸軍の秘密戦に関する兵器などの研究開発や製造を行った登戸研究所。今では、資料館として一般公開され、平和教育の場になっている。

ライター:吉澤 由美子 (2012年07月22日)

資料館に展示れた登戸研究所の活動内容

ここで開発された兵器や資材には、人道的・国際法規上問題があるものも多い。

怪力電波、風船爆弾、生物兵器、偽札製造。なんだかマッドサイエンティストやスパイ映画を思い起こさせる研究が実際にここで行われてきたのだ。


有毒生物の写真や「謀」の文字


登戸研究所は、第一科、第二科、第三科にわけられ、資料館ではそれぞれの科ごとに研究開発の内容がわかる展示になっている。

第一科では当初、電波やレーダーなど物理分野の研究を行っていたが、1943年に風船爆弾の研究を中心とした組織に変わっていく。


天井から吊るされた風船爆弾のレプリカ


風船爆弾は、和紙をこんにゃく糊で貼りあわせた気球に水素ガスを充填し、その下に高度維持装置と焼夷弾などの兵器を吊るしたもの。


風船爆弾製造には女子生徒も動員された


偏西風に乗せ二昼夜半かけて9千キロの距離を飛行。アメリカ本土を直接攻撃する大陸間横断兵器として開発された。


風船爆弾が飛行するルートなどの解説


実際に9300発が放球されたと伝わり、アメリカに到達・着弾が確認されたものが361ヶ所。オレゴン州で、6人が死亡するという被害があった。


気球紙レプリカ。製造段階により感触が違う


第二科は、人体、家畜、作物に被害を与える生物兵器、暗殺用などの毒物、そしてスパイ機材などの研究開発を行っていた。


毒物から缶詰に偽装した爆弾、スパイ機材など多岐に渡る


入口横の高い位置にあった蛇口。なにに使われていたのかは不明とのこと


スパイ機材は、乾くと文字が消え、薬剤を塗ると文字が現れる特殊なインク、ライターに超小型カメラを仕込んだものなどが作られていた。


パソコンの奥に当時のシンクが見える


秘密戦に関する憲兵学校のテキスト


最後の第三科は登戸研究所の中でも特に秘中の秘と言われた部署。周囲に高い塀を巡らせた第三科の建物では、偽札の製造が行われていた。


真札と偽札を並べて展示してある

目的は、偽札を流通させてインフレーションをもたらし中国経済を混乱させること。


解体された第三科の施設を写真で紹介


原版、紙、インク、印刷機などは本物を使っていた。これは、1941年の香港占領やアメリカ商船を拿捕して資材を押収したもの。

ここで製造した偽札は全体から見ると1%未満の発行残高に留まり、中国経済に与えた影響は少なかったとのこと。


部材も一部展示されている


資料館は第二科の建物をそのまま使っている。そのため、諜報活動にとって重要な部屋、写真を現像する暗室も残されていた。


暗室の入口はクランク状の通路で、光を入れない設計



この資料館ができたきっかけは市民の活動があったから。次のページ≫
 

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