金沢区、長年放置されていた所有者不明の小柴トンネルの現状は?
ココがキニナル!
所有者不明となっていた小柴の"放置トンネル"について調査をお願いします。子供の頃どきどきしながら自転車で通った想い出があります。(Mirさん)
はまれぽ調査結果!
所有者不明のまま長年放置されてきたが2014年に国有トンネルと判断。市への移管を視野に入れ、2015年より国管理の元、補修補強工事が行われている
ライター:岡田 幸子
“放置トンネル”の現状調査
トンネルに入ると手前は補修済みの立派な状態
奥ではさらに作業が続いている様子
現場代理人・管理技術者である「ライト工業株式会社」の齊藤幸彦(さいとう・ゆきひこ)氏に現場の状況を伺う。
「トンネルの長さは約187メートル、コンクリート巻立およびモルタル吹き付け構造となっています。補修工事はちょうど1年ほど前から開始しました。作業はおおむね順調で、2016年末の工期までに終えることができそうです」とのこと。
とても親切にご対応いただきました。お忙しいところありがとうございます!
「トンネル南側入口付近で特に強度に問題があることが分かり、その補強を中心に、ひび割れた壁の補修などを行いました」とご説明いただけた。
手前部分が補強された部分ですね
新聞記事にもあったように、このトンネルは生活用道路として市民に使われている。トンネルの先には、3軒の民家が並んでいるのだ。
トンネルを抜けると広場になっていて左手に民家が並ぶ
ゲートの先が「旧小柴貯油施設」
「民家って戦前からある古い家?」と思いきや、その姿は意外にも新しい。お住いの方に伺うと、3戸の戸建は1995(平成7)年ごろに建売住宅として売り出されたものだという。
「トンネルについては“公道”として認められていなかったものの、利用実態があることで道路とみなされ、建築許可を得られたのだと思います。当時のデベロッパーがトンネル内に立派な照明をつけてくれていたことから、住むことに特に不安はなく、むしろ静かな環境が気に入って購入しました」
しかし、数年後コストがかかりすぎるとして、なんとデベロッパーはトンネル内照明の電気代支払いをストップ。暗いトンネルは危険すぎると、町内会などで費用を負担して、簡易な照明を設置してきたという。
現在工事用照明が設置されているが、それでも日没後のトンネル内は暗い
周辺でさまざまな方にお話を聞いたなかで、「広いトンネル内に不法投棄が相次ぎ、工事用バリケードが設置されていた」とのお話があった。これは、不法投棄に困った近隣住民の皆さんが設置したもののようだ。大きなものでは自家用車までもが投棄されていたというからさぞやお困りだったことだろう。
さらに、「上にマンションが建った時、トンネルの補強工事がされたように思う」という情報も得られた。
山の上には2003(平成15)年築全17戸のファミリータイプマンションが
マンションの分譲会社に問い合わせたが、この情報の真偽については不明のままだった。とはいえ、長い“放置”の歴史のなかで、大小さまざまな手がトンネルに加えられてきた事実はあるようだ。ただし、その手は急場しのぎの一時的な対応にとどまり、決して継続することはなかった。
「トンネルをめぐってはいろいろなことがあり、その都度対応を迫られたこともあります。とはいえ、多少の不便はあれど生活に困るということはなく、静かに暮らしてきたのです。メディアを騒がせて誰かを責めたいとか、メリットを得たいなどという思いはありません。ただ、当たり前のことを当たり前にしていただければ・・・」
報道以降、住人の方には在京キー局を含め複数の取材依頼があったという。そっとしておいてほしいという本音を伺い、記事化の是非を悩む。しかし、心ある『はまれぽ』読者のみなさまなら、きっと分かっていただけるはず・・・。
いたって静かに暮らしていらっしゃる場所なのだ
さて、トンネルを抜けた先、3軒の民家の前は広場のようになっており、バスの停車および転回場所としても利用されている。
京急バスも日常的にトンネルを利用
トンネルの南側入口には「京浜急行バス」路線「文13」の終点である「柴町」停留所があり、工事前までは終点に到着したバスはそのままトンネルを抜けて、先の広場で転回、待機していたというのだ。
トンネル工事中のため現在バスは迂回している
「所有者不明トンネルの先で転回? 誰の許可で?」とキニナッたので「京浜急行バス」に問い合わせたところ、「“横浜農協柴支部”の許可を得て広場を利用させていただいています」とのこと。
「JA横浜」によると、広場の土地所有者は周辺のJA組合員複数に渡っており、彼らの総意で「京浜急行バス」との間に土地の賃借契約を結んでいるということだった。
この規模の土地に10人前後の権利者がいるとか
トンネルの所有権がはっきりとしたところで、その先の広場についても、複数の所有者が存在するとは。「旧小柴貯油施設」の整備には、まだもう少し時間が必要なのかもしれない。
取材を終えて
隣の空き家から草木が茂ってきたらどうする? 不満を漏らしながらも仕方なく何かしらの対処をするという人が多いのではないだろうか。放っておくと、被害が及ぶのは結局自分だけだから「なんとか」しなければ・・・だ。
「小柴トンネル」もまさにそんな「隣の空き家」状態。近くに暮らす人、利用する人、上に住まう人など、関わる人が急場しのぎの対応をすることで、「なんとか」ここまで利用され続けてきたようだ。
しかし、モノは「空き家の雑草」とは規模が桁違いのトンネルだ。個人の手で「なんとか」できるラインは、とうの昔に超えている。
今回、ようやく所有者である国の手が入り、補修が行われつつある。ようやく「当たり前」のことが行われつつあるのだ。
―終わり―
取材協力
横浜市政策局基地対策課
http://www.city.yokohama.lg.jp/seisaku/kichitaisaku/
財務省関東財務局横浜財務事務所
http://kantou.mof.go.jp/yokohama/
京浜急行バス
http://www.keikyu-bus.co.jp/
JA横浜
https://ja-yokohama.or.jp/
参考資料
『神奈川新聞』2014年1月5日朝刊、同2月13日朝刊
電子版は以下でご確認いただけます
http://www.kanaloco.jp/article/70032
http://www.kanaloco.jp/article/70031
http://www.kanaloco.jp/article/68824
ねむねむさん
2016年11月18日 11時29分
しっかり取材されている良記事だと思いました!
ホトリコさん
2016年11月17日 12時05分
もしかしたら「トンネルを抜けると米軍基地だった」のは、ここだったのかもしれない。
黒猫三毛次郎さん
2016年11月16日 19時36分
元地元住民です。トンネルの先に家ができる前は照明は一切ありませんでした。家ができた後、水銀灯の照明が設置されましたが、消えた理由はコストだったんですね。マンション直下の保守はマンション建設時に工事していたのを覚えています。ちなみにトンネルの先に家ができる前は家があったところに階段があり、今の柴シーサイドファームエリアにある道と繋がってました。平成初期に比べて、色々変わりましたね。