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磯子区杉田は江戸時代に、梅の観光名所だったって本当?

ココがキニナル!

磯子区杉田に江戸時代観光地として有名だった「杉田梅林」があった?『杉田』という横浜発祥とされる品種の梅が?今でも『杉田』という梅が植えられている?(白マントさん・はんちゃんさん・三日坊主さん)

はまれぽ調査結果!

16世紀の後半に、小田原城主北条氏の家臣・間宮信繁が、村民の副業として梅樹を植えさせた。妙法寺には今も原木が残る。

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ライター:紀あさ

梅で街づくり



1873(明治6)年から続く杉田小学校では、校章も梅をモチーフにしたもので、校歌も梅について歌う。その分校として1960(昭和35)年に創立された梅林小学校は、梅林の面影はなくとも名は残したいとの地域からの思いを受けて梅林を校名に冠した。
 


同校の校歌と(横浜市ホームページより)


校章(同)

 
磯子区の小中学校で梅に関わる取り組みを行う学校は多くある。前出の市原さんが把握しているだけでも、ほかにも岡村小学校、西富岡小学校、屏風浦小学校、根岸小学校、浜中学校などで梅に関する授業が行われたことがあるという。



梅のご当地キャラクター、ウメニー



そんな中、2015(平成27)年に杉田小学校で梅をモチーフにしたマスコットが誕生した。当時の小学校5年生(現中学2年生)が考案し、地域住民らによる投票で選ばれた「ウメニー」だ。

面白いのはそのあと。考案に携わった児童が地元の企業である安藤建設に「ウメニーを社員として採用してほしい」と申し入れた。
 


同社社員の瀧田夕姫(たきた・ゆうき)さん(21)から話を聞いた

 
「社長は真剣に検討をし、採用したいという思いも強かったのですが、それだとウメニーが会社のものになってしまうので、それよりもっと地域のものになってほしくて」と、さらなる飛躍を期待して不採用。ちなみに瀧田さんは現在入社1年目だそうで、もしウメニーが採用されていたら彼女はウメニーの後輩になっていたかも!?

小学生による当初の図案を広めるにあたって、既存のキャラクターに似ているとの指摘もあった。そこで安藤建設が、プロのデザイナーへと橋渡し。

世代を問わず大人気のゲームシリーズのキャラクターデザインにも携わったデザイナー・にしだあつこさんの協力を得て、現在のウメニーの形が出来上がった。
 


左は小学生案をそのままぬいぐるみ化したもの、右が現在のウメニー

 
耳にあった葉は梅のつぼみに、頭に乗っていた杉田梅の実は梅の葉に変更されて、バージョンアップ。知的財産権など「オトナの事情」もクリアした。
 


2015(平成27)年生まれのウメニー(杉田小学校ホームページより)

 
ウメニーとともに杉田を盛り上げようと、瀧田さんらが中心となって「杉田若手会」を立ち上げた。2017年3月18日から20日の3連休には商店街の飲食店に素材に杉田梅を使用したメニューをそろえた「杉田梅フェスティバル~ウメニーのタメニー~」の主催を予定している。

杉田若手会は、商店街の人をはじめ、杉田の路上でも歌うシンガーソングライターのエソラビトの菜々子さんや、お笑いユニットの横浜ヨコハマ、地域情報紙の記者らもメンバー。現在は10数人だが、さらに会員を募集していきたいという。
 


杉田若手会の会議の様子

 
実はウメニーは、2014(平成26)年度の杉田小学校の総合学習「杉田の時間」という授業の中で生まれた。それ以来、同校のいずれかのクラスがウメニーを「杉田の時間」のテーマにしつづけており、2016年度は6年3組がウメニーに関するプロジェクトに取り組んだそうだ。

 

4つのグループに分かれて活動、メディアグループがあるあたりが本格的!


梅の植樹をしたり、エソラビトと一緒にウメニーの歌も作った

 
メディアグループのリーダー・蓮池紗佳(はすいけ・すずか)さん(前列左)に、こうしたプロジェクトを約1年間続けて、「今、杉田の街の人へ伝えたいことは?」と聞いてみた。

 

「ウメニーや杉田のことで協力していただいてありがとうございました」

 
また、ほかのクラスでもウメニーを使った取り組みも。

 

6年1組は、まちのパン屋さんと協力してウメニーパンを作った!

 
地域の方々はじめ、多くの人と手をとりあってきたのだろう。

安藤建設の瀧田さんは「さらにもっとウメニーを知ってもらいたい、いずれウメニーの着ぐるみも作ってあげたい」と語る。小学生が描く街づくりの夢を、街の大人が一緒になって、ひとつひとつ形にしていく。

梅の花と一緒に、こどもの夢が花開く。そんな杉田の、平成の春でした。



取材を終えて

 

見てよし、食べてよし、の杉田梅

 
市原さんは「初めて食べた時、あまりにも美味しくって!」、杉田梅のトリコになってしまったという。

市原さんらが作った梅干しなどは新杉田駅徒歩1分の、らびすた新杉田1階「Hobby Lobby」など販売されているので、ぜひ一度ご賞味を。大玉で、果肉が柔らかくて、すっぱい梅です。

 

梅酢や梅ジャムも!

 
この取材の参考文献で、こんな表現に触れた。江戸の仕立物職人の独笑庵(どくしょうあん)が、1825(文政8)年に横浜紀行に出かけた折に綴った「横浜紀行杉田図会」を、明治大学名誉教授で日本近世演劇研究者である原道生(はら・みちお)氏が現代語訳した『独笑庵の横浜紀行』の一節だ。

「山に登って梅林を見わたすと、ちょうどあわ雪が降り積もったようでもあり、又、白雲がおおっているようでもある。」

あわ雪のような梅の花々。

写真機のなかったころのことばから、そのころの梅林の風景を、そっと受け取った。


―終わり―
 


取材協力



妙法寺
住所/横浜市磯子区杉田5丁目3−15

市原由貴子さんホームページ
HP/http://shunsaika.yokohama/

杉田・梅塾(参加問合可能)
HP/http://shunsaika.yokohama/classes.html

杉田梅復活推進委員会(杉田梅を植えたいとき相談可能)
TEL/045-772-1268

杉田若手会(会員募集中)
e-mail/takita@ando-const.co.jp(安藤建設 瀧田)

パン工房「カネキヤ」(ウメニーパン販売、6年生が卒業する3月までを予定)
住所/横浜市磯子区杉田1丁目16−7
TEL/045-771-2651


参考文献



磯子の史話(編集・発行 磯子区政五十周年記念事業委員会)
宿福の梅ばなし(乗松祥子著 草思社)
※「五良左衛門」は、「磯子の史話」では「五良左衛門」、「宿福の梅ばなし」では「五郎左衛門」として記述されている。本稿では「磯子の史話」の記述にあわせました

この記事どうだった?

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  • うちも記念樹として梅の木を植えようと考え、どうせなら杉田梅をと思ったものの注文から到着まで3年かかりました。https://miuken.hatenablog.jp/entry/2018/11/22/104717実際、かなり入手困難です。もっと入手しやすくなればいいのにと思います。

  • プララ杉田の植え込みにある梅の木ですが地元名産の杉田梅ではありません。植樹当時入手が難しかったと聞いております。はまれぽさん真偽を調べてくださいね!

  • 梅林小卒業の杉田原住民としては面白い記事でした。
    杉田の梅を知ってもらえるのは喜ばしいことです。
    梅林小校歌も懐かしい。
    校歌に合わせた梅林音頭なんていうのもあったなぁ・・・

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