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鎌倉の若宮大路は鶴岡八幡宮の参道なのにお寺や教会があるのはなぜなのか気になります。(ウォッカさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

明治から大正にかけての別荘、静養の地としての文化とキリスト教が結びつき、鎌倉のメインストリートに面して建てられました。

ライター:ほしば あずみ (2012年04月14日)

若宮大路とは?

若宮大路は鶴岡八幡宮から海岸(由比ヶ浜)へ向かって直線に伸びる、鎌倉のメインストリートだ。鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』によると寿永元(1182)年3月には若宮大路築造が開始されている。
それは源頼朝が妻政子の安産を祈念したもので、鎌倉の御家人と共に頼朝自らも土石を運び詣往の道を造ったのだという。鶴岡八幡宮の造営はその約2年前に始まっていた。

「いい国つくろう」で覚えた1192年の頼朝の征夷大将軍任官より10年以上前だ(現在、鎌倉幕府成立は1185年とされている)。
鶴岡八幡宮とその参道である若宮大路は、鎌倉の象徴であり都市計画の中心だった。そしてその基軸は現在にも受け継がれている。
 


真っ直ぐ伸びる若宮大路。途中横切っているのはJR横須賀線の高架


かつては幕府の中心施設や有力御家人の屋敷が立ち並んでいたといわれる若宮大路だが、今は観光地の目抜き通りとして土産物屋や飲食店が目立つ。
そしてそれらに交じって、確かに寺や教会も並んでいる。
 


全長約1800mの中に3堂の教会がある
 

安産祈願で知られる大巧寺は鎌倉駅前で若宮大路に面している




お寺や教会が並ぶその理由は…

この件に関して、まず鶴岡八幡宮に聞いてみたが「(お寺や教会がある事を)特に気にした事はありません」との回答だった。
もしや鶴岡八幡宮の認識する参道というのは境内の中だけで、現在の若宮大路はただの道路?

「いえ、若宮大路の真ん中の一段高くなっている部分を『段蔓(だんかずら)』といいますが、あれは鶴岡八幡の参道です。今は途中でなくなっていますが、かつてはもっと海の方まで伸びていました。

若宮大路は3つの鳥居があり、海側からそれぞれ一ノ鳥居、二ノ鳥居、三ノ鳥居といい、一ノ鳥居から八幡宮側は参道となっています」
 


もうすぐ桜のトンネルになる『段蔓』。
 

海に近い場所に立つ一ノ鳥居 ここから八幡宮側(手前)は参道


若宮大路はやはり今でも鶴岡八幡宮の参道としての役割を担っていた。
だがその参道に他の宗教施設が建った経緯について、鶴岡八幡宮としては把握していないとの事だった。

神と仏を別々に祀るように政府が定めた神仏分離令が発布されたのは明治時代になってからで、それまでは神仏を共に祀るのは一般的な事だった。
ちなみに鎌倉駅近くで若宮大路に面している大巧寺はもともと他の地にあった寺を源頼朝がここに移したと伝えられている。

そんな歴史的背景からすれば、参道にお寺があっても良い気がするが、神社の参道に教会というのは、やはり不思議だ。
しかも距離にして1800メートルの直線の間に3ヶ所。
 


カトリック雪ノ下教会 最も鶴岡八幡宮に近い場所にある教会
 

二ノ鳥居そばにある日本基督教団鎌倉雪之下教会
 

一ノ鳥居そばの日本基督教団鎌倉教会(旧ハリス記念鎌倉メソジスト教会)


カトリック雪ノ下教会の始まりは戦後まもなくの昭和23(1948)年。

日本基督教団鎌倉雪之下教会ははじめ御成町にあったが関東大震災による会堂の倒壊等で今の場所に昭和16(1941)年に移転。伝道そのものは大正6(1917)年から開始されたという。

日本基督教団鎌倉教会の会堂は大正15(1926)年に建てられ、鎌倉市の景観重要建築物に指定されている。
いずれの教会の歴史も一朝一夕のものではない。

なぜ若宮大路に教会が並び建っているのか、日本基督教団鎌倉雪之下教の川崎公平牧師に話を伺ってみた。



寺や教会が建てられた背景には当時の文化が関係していた?次ページ≫
 

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