川崎のセメント通り、鶴見のゴム通りの由来は?
ココがキニナル!
セメント通り、ゴム通りって変な名前で由来が気になります!ついでに、マンガ『孤独のグルメ』に出てくるセメント通りの焼肉屋でゴローちゃんばりに「うおォン」してきてください!! (maniaさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
セメント通りは浅野セメントの工場が、ゴム通りには横浜護謨製造があったから!マンガに登場する焼肉屋はその界隈でも一、ニを争う高級店だった。
ライター:松野 孝司
ゴム通りはあの女神さまのおひざ元だった
今回のミッションは三つ。一つ目は「セメント通り」の由来、二つ目は「ゴム通り」の由来、そして三つ目はマンガ『孤独のグルメ』に掲載された焼肉屋を調査だ。
この三つのうち「ゴム通り」だけが横浜市内にあるので、まずはそちらから。
ゴム通りとは、鶴見区平安町一丁目から約3キロの片側2車線の直進道路で、かつてその通り沿いに横濱護謨製造(現横浜ゴム)の工場があったからというのが定説になっている。
ゴム通りを見下ろすように立つ「ホテル ニューヨーク」の女神
約3キロの直線道路。見通しは抜群だ
しかし、本当なのだろうか。その真偽を確かめるべく、以前、「ハロー坂」や「ワシン坂」の由来でお世話になった横浜市道路局施設課に問い合わせみると、
「その通りです。横濱護謨製造(現横浜ゴム)があったから、そう呼ばれるようになったようです」
とあっさり判明。ゴム工場ができたのは1929(昭和4)年。ところが1945(昭和20)年4月の鶴見・川崎地区への空襲により壊滅的な被害を受け、戦後も再建されることはなかった。いつからかは不明だが、地元ではその後もゴム通りと呼ばれ続けていたという。
その後、1976(昭和51)年から始まった道路に愛称をつける「愛称道路事業」の一環で、道路名として正式に採用されたというのが、その経緯のようだ。
コンビニの店名にも「ゴム通り」の文字が
小学校前の歩道橋にもゴム通りの文字
ちなみに横濱護謨製造の跡地はその後、波のプールとして有名だった「ワイルドブルーヨコハマ」になり、今はマンション「ヨコハマアイランドガーデン」になっている。
でも、ちょっと待て。では横濱護謨製造ができる前はなんと呼ばれていたのだろうか。どうもキニナルので、その旨を担当者に尋ねてみると、「残念ながらそこまでの資料はありません」とのこと。
現地に行って、地元の人に何人かに尋ねてみたが、やはりゴム通りの由来は知っていても、それ以前の通り名を知る人はいなかった。