ログイン/会員登録

こんにちは、ゲストさん。

ログイン/会員登録する

ログインすると、すべてのコンテンツを
ご利用いただけます。

はまれぽ.com無料掲載について
イベントカレンダー2017年12月

Question みんなのキニナル投稿

投稿の中から、はまれぽ編集部もキニナルことを調査してお答えします!
ぜひ投稿してみてね。(200文字まで)

投稿はこちらから

みんなのキニナル

    やたらと長く感じる、市営地下鉄の三ツ沢上町~片倉町間。そろそろ中間かと思われる頃、暗闇のトンネル内に直角に近い通路が一瞬見えます。非常口かと思いきや、ちょうど地上の中間地点には消防署が…。もしかしてレ...

    象の鼻さん

    生活道路の交通安全対策の種類、皆さんはどれくらい知っていますか?我々市民がどれだけ認知しているか等を調査して、その結果を行政や警察に示し、今後の市・県の対策強化を訴えてほしいです。ハンプの騒音・振動へ...

    ウルバヌスさん

    羽沢横浜国大駅が出来る前に、駅からの路線バスの開通がどうなるか気になります!

    majestyさん

もっと見る

あなたはどう思う?

過去のアンケート結果はこちら

よく利用するバスはなに?

横浜市営バス
京浜急行バス
神奈川中央交通
江ノ電バス
川崎市営バス
川崎鶴見臨港バス
箱根登山バス
そのほか

投票せずに結果を閲覧

アクセスランキング

ジャンル
1位
伝説の娼婦・白塗りのメリーさんを知る横浜の文化人に直撃インタビュー!
2位
横浜の伝説、白塗りのメリーさんとは!?
3位
「みなとみらい東急スクエア」グランドオープンの初日の様子をレポート!
4位
横浜市内の貨物駅を徹底調査!【前編】
5位
湘南モノレールとドリームランド線はどこまで延伸する計画だった?~ドリームランド線編
6位
湘南モノレールとドリームランド線はどこまで延伸する計画だった? 湘南モノレール編
7位
「入ってはいけない」中華街食べ放題はこんな店! 経営者が覆面座談会で中華街の裏事情を告白!
8位
【はまれぽ名作選】あまりにも豪華すぎる内装が「異常」というウワサは本当か? 川崎のラブホテル「迎賓館」に突撃!
9位
いよいよ着工! 2020年完成予定の横浜スタジアム増築・改修工事の状況は?
10位
【編集部厳選】YOUが今いる場所って、昔は何があったか知っている?
11位
JR桜木町駅の発着メロディーは、どうして「ゆず」じゃないの?
12位
【編集部厳選】ドキッと突撃! 街のキニナルぴんくを探せ!!
13位
横浜市内の貨物駅を徹底調査!【後編】
14位
第三京浜保土ヶ谷料金所の近くに見える鳥居の正体とは?
15位
【はまれぽ名作選】帷子川の源流までってどうなってるの?
16位
【前編】「横浜高校の指定バッグ」が女子高生の間で大流行中の理由とは?
17位
38年間の歴史に終止符。日吉にある昭和喫茶店「まりも」
18位
【I☆DB】下剋上! 19年ぶり横浜DeNAベイスターズ日本シリーズ進出決定! 
19位
東神奈川の二ッ谷にある「家の半分が川に突き出ている家」のその後!
20位
雨天決行した「川崎ハロウィン2017」の様子をレポート!
21位
【編集部厳選】どうせイクならレトロ銭湯! 気持ちイーよ!
22位
2017年「みなとみらい・桜木町」イルミネーション情報
23位
川崎駅前に九龍城?!ウェアハウス川崎店ってどんなところ?
24位
【はまれぽ名作選】本牧ふ頭近辺で釣れる幻のブランド魚「下根アジ」って、どんな魚?
25位
南区真金町・金刀比羅神社の「一の酉」の様子をレポート
26位
スラックスが「99円」!? 驚異の激安衣料店「ファッションプラザタカハシ」ってどんなお店?
27位
【I☆DB】感動をありがとう! ファンからDeNAベイスターズへラブレター
28位
2017年「横浜駅周辺」のイルミネーション情報
29位
【編集部厳選】そーだ! 秋だ! 旅たび旅!
30位
神奈川区の遊び場、通称「こうもり山」の山頂には何があった?
横浜人にインタビュー
教えて○○さん!
はまれぽの記事がアプリでサクサク読める!! はまれぽアプリリリース!!

横浜のココがキニナル!

江戸時代にあった横浜唯一の藩「六浦藩」。本拠地の六浦陣屋跡地には藩主のご子孫が住まわれていると聞きましたが今もお住まいですか?六浦陣屋跡を史跡公園等に整備するなどの計画は?(たちさんさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

藩主のご子孫は、しばらくは「子爵」として、現在は一般市民として跡地の一画にお住まい。跡地は、住宅地になっていて史跡公園などにする計画は無い。

ライター:橘 アリー (2013年05月15日)

横浜で唯一の大名

江戸時代の横浜は、江戸に近いために、領地(土地)の多くは幕府や旗本のものであった。そんな中で、現在の金沢区や平塚市などに広がっていた「六浦藩」は、横浜で唯一の大名の領地「藩」であった。

徳川家直属の家臣で、石高(※)が1万石未満の領主のことを「旗本」、石高が1万石以上の領主を「大名」と呼ぶ。なお、「大名」も、徳川家との関係によって分かれていて、六浦藩の藩主は、関ヶ原の戦い(1600年)以前から徳川家の家臣であった、「譜代大名」と呼ばれる大名である。
※「石高」は、米の収穫量を示すもので、1石は大人が1人、1年間に消費する米の量のこと。

「六浦藩」について詳しく知るため、神奈川県立金沢文庫の資料で調べてみた。
 


神奈川県立金沢文庫


六浦藩の藩主は「米倉氏」。もとは甲斐の国に支配地を持つ武将で武田氏に仕えていたが、武田氏が1582(天正10)年に滅亡した後は徳川家に仕えるようになった。

この時の当主である永時(ながとき)は、徳川家康から相模国大住郡堀山下村(現在の秦野市)200石を与えられて旗本となった。二代目の昌純(まさずみ)も、旗本として幕府に仕えていた。
 


「六浦藩」について書かれている本


米倉氏が、旗本から大名になったのは、三代・昌尹(まさただ)の時である。昌尹は、徳川家五代将軍・綱吉の「側用人(そばようにん)」に登用されたことにより、旗本から大名になるという破格の昇進を遂げた。「側用人」とは、将軍の側近くに仕えて、将軍からの命令を老中に伝え、また、老中からの上申などを将軍に取り次ぐなどする江戸幕府の職名である。

側用人になった昌尹は数年に渡って石高の増加を受け、1696(元禄9)年には若年寄(わかどしより)に昇進。その後1699(元禄12)年にも石高の増加を受け、合計1万5000石の土地を支配する大名になった。大名となった昌尹は、下野国郡賀郡本皆川村(しもつけのくにつがぐんほんみながわむら・栃木県)に陣屋(※)を置いて、皆川藩の藩主となった。
※「陣屋」は、石高が3万石以下で城を持つことができない大名が、屋敷や政治の拠点を置いた場所のこと。

そして、1722(天保7)年に、本皆川村から、金沢の社家分村(しゃけぶんむら)に陣屋を移し、藩名が「金沢藩」に変わった。金沢藩は、後に「六浦藩」と改名される。1869(明治2)年に、北陸の金沢藩と区別するために付けられたようだ。以後、1871(明治4)年の廃藩置県で藩が廃止されるまで、六浦藩は存在していた。

金沢藩領地分布図を書き写すと下の図のようになる。
 


米倉氏の所領分布図「図説横浜の歴史」をもとに作成
<クリックで拡大>


大名に取り立てられた後の米倉氏の系図は下記のようになる。
 


「幕末を生きた武士」(発行:横浜市歴史博物館・財団法人 横浜市ふるさと歴史財団)、
「図説・横浜の歴史」(発行:横浜市市民局市民情報室広報センター)より


米倉氏の最後の藩主・昌言は、廃藩置県により藩主の職を解かれ、1884(明治17)年に「子爵(5万石未満の大名などに与えられた階級)」の位を与えられた。その後しばらくの間、米倉家は子爵であったが、途中から子爵として家督の届出を行わなくなり、一般市民となった。

今回は残念ながら取材させていただくことはできなかったが、現在も、陣屋があった土地の一部に、ご子孫が住まわれているようである。以前は、六浦藩を紹介するテレビ番組などでも取り上げられたこともあったようだ。



陣屋跡の様子は?

六浦陣屋跡は、本などの資料には、米倉陣屋跡という名称で書かれている。その所在地は、京浜急行「金沢八景駅」の南側の、三方を山に囲まれた谷戸(山や丘などが浸食されてできた谷状の地形)である。
 


右手の山のふもとが陣屋跡地(瀬戸神社前交差点に架かる陸橋の上から)


金沢区役所で、陣屋跡を史跡公園などにする計画はあるか聞いてみたが、現在の陣屋跡地は、個人の住宅地になっていて公園にできるような広い空き地もなく、そのような計画はないそうだ。

一方で、隣接している権現山のガケ崩れ対策が行われている。この地域では、金沢八景駅東口近辺を整備してシーサイドラインを接続する開発計画が行われており、それにあわせて陣屋跡地に接している権現山・御伊勢山の公園化計画(御伊勢山・権現山緑地整備事業)も進められているようだ。
 


金沢八景駅前(写真は2012年のもの)


これらの計画は、ともに平成28年度完成を目指しているという(参考:金沢八景駅東口地区土地区画整理事業のパンフレット都市再生整備計画 金沢八景駅周辺地区)。

陣屋跡地を案内していただく・・・つづきは次のページ≫
 

最初へ

前へ

1

2

次へ

最後へ

はまれぽアプリ
App Store
Google play


おすすめ記事