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    大黒ふ頭の路上にナンバーのハズされた車が多数駐車しているのですが、あれはどんな事情なんでしょうか?意外とキレイな車が多いです。一度調査してみて下さい。

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    日曜日のNHKの『小さな旅』で大岡川が特集されていました。大岡川の桜で染めた着物や帯を作っている着物屋さんが紹介されていました。かなりこだわったお店だそうです。呉服店には中々入りにくいので、ぜひ変わり...

    あらたたけるさん

    2018年4月21日、1900年生まれの鹿児島県喜界島の田島ナビさん(117)が亡くなり、1901年(20世紀初年)生まれの横浜市西区在住・都千代さん(116)が国内最高齢(おそらく世界最高齢)となり...

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横浜のココがキニナル!

メリーさんに関わりのある横浜の文化人それぞれの“エピソード”を教えて!(はまれぽ編集部のキニナル)

はまれぽ調査結果

メリーさんを追い続けた、中村高寛さん、森日出夫さん、清水節子さんにインタビューを敢行!メリーさんの“エピソード”を伺った!

ライター:松宮 史佳 (2013年08月30日)

映画「ヨコハマメリー」を撮った中村高寛監督に直撃!

映画「ヨコハマメリー」は“白塗りの娼婦メリーさん”を知る人々の証言で構成されたドキュメンタリー的手法の映画。2006(平成18)年に公開され、大ヒットした中村高寛(たかゆき)監督のデビュー作だ。
 


映画「ヨコハマメリー」は大ヒットした


中村監督は1975(昭和50)年の生まれで、横浜出身。松竹大船撮影所でキャリアを積み、中国へ留学。1999(平成11)年から2001(平成13)年まで北京電影学院でドキュメンタリーを学んだ
 
と、ここで中村監督がはまれぽを知ったのは松宮が書いた「オリエンタルホテル」がきっかけだったと知りびっくり! 今回取材させていただき、不思議な縁を感じる。

中村監督がメリーさんを知ったのは中学生くらい。学校でも話題になっていたらしい。映画を撮り始めたのは、1995(平成7)年にメリーさんが姿を消したことがきっかけとなった。

「いつも街にいた人がいない」「どこに行ったんだろう・・・」とリサーチを始めた。リサーチ期間は2年間と長いが、自分は「一生付き合えるような“対象”しか映画に撮らない」。だから時間がかかっても「全然、大丈夫なんです」と中村監督。
 


「写真は苦手」と言いながらも気さくに撮影に応じてくれた中村監督


映画はメリーさんの噂話から始まり、彼女に関係する人たちの証言によって、進んでいく。それは取材中に「皆がメリーさんのことをうれしそうに語るのがおもしろいと思った」から。

メリーさんがいなくなって映画撮影を開始したが、途中でメリーさんがいる老人ホームが判明。中村監督は「まず中に入ろう」と老人ホームで1ヶ月間、ボランティアとして通った。

その際、父の知り合いの家に宿泊させてもらったが、山間の狭い町だったこともあり「映画の撮影」とは言わなかった。その方は毎日どこかに行く中村監督を心配し、「横浜で何かあったのでは?」と思っていたらしい。撮影を終えて、横浜に帰る時に「無言で1万円を渡された」とか!
 


中村監督のデビュー作「ヨコハマメリー」は評判になった(週刊朝日2000年4月28日号)



最後に「メリーさんはどんな人だったのか?」と尋ねると、横浜にいたころのメリーさんは「本来の姿を明かしていなかったのでないか」と中村監督。
 
晩年を過ごした故郷の老人ホームでのメリーさんは自分の“興味があることは振り向く”が、興味がないことは一切振り向かなかったとか。横浜時代より「(メリーさんは)より自由に生きている」と感じたそうだ。

横浜時代と老人ホームの“共通点”は「とにかくひたすらマイペース」ということ。だから周囲の人を気にせず、「横浜に立ち続けられたのでは」と中村監督は語ってくれた。

中村監督は「ヨコハマメリー」を撮る際、1人の写真家を訪ねている。1995(平成7)年にメリーさんの写真集「PASS ハマのメリーさん」を発売した森日出夫さんだ。



写真家・森日出夫氏にインタビュー

森日出夫さんは1947(昭和22)年、横浜生まれ。長年撮り続けた横浜の港・街・人を「森の観測」と名づけて作品を写真集や個展などで多数発表し、国内外から高い評価を得ている。
 


ダンディーな森さんにはバーがよく似合う


森さんは1993(平成5)年にメリーさんを撮り始め、1995(平成7)年に写真集「PASS ハマのメリーさん」を刊行。今回、メリーさんの写真はすべて森さんから提供していただいた。
 


メリーさんは“街の風景の一部”として撮り始めたそうだ
 

街の風景は「いつ消えてしまうかわからないから。まず取材しておく」と森さん


森さんがメリーさんを初めて見たのは「たぶん40年くらい前」。その時は「メリーさん」ということは知らず、ただ「何?」と思ったそうだ。
 


メリーさんに“金歯”があったとは!
 

メリーさんがいなくなってからは「街の風景が変わった」


森さんによると、実際のメリーさんは150cmにみたないほどの背丈で、「とても小柄な人だった」らしい。また、決して施しは受けず、「礼節を重んじるきちんとした人」だったそうだ。


次のページでは、メリーさんを尾行して調査したという、あの女性へ直撃!!≫
 

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