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横浜のキニナル情報が見つかる! はまれぽ.com

幻となってしまった!? 横浜の水を使った「地サイダー」オリツルサイダーについて教えて!

ココがキニナル!

折り鶴サイダーはどこに行ったの?横浜の地サイダーですが、中区の本店がいつの間にか駐車場になってました。(駅馬車さんのキニナル)   

はまれぽ調査結果!

駐車場は本社とは別の場所で、本社は変わらず営業中。昨年市内に工場を新設し、横浜の水を使って横浜で製造する、本当の横浜地サイダーになった。

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ライター:篠田 康弘

オリツルサイダーがなくなった?

投稿されたキニナルを見て我が目を疑った。
オリツルサイダーは、数ある横浜地サイダーの中でも最も歴史のあるサイダーだ。はまれぽでも2010(平成22)年11月の記事で、その歴史を紹介している。
 


オリツルサイダー


本当になくなったとすれば一大事だ。調査して真実を確認しなければ。



消えたオリツルサイダー



投稿にあった中区の本社付近を訪ねてみたところ、確かに駐車場だった。
 


投稿にあった駐車場
 

オリツルサイダーに関するものは何も残されていない


跡形もない。一体どこにいったのだろう。
もうオリツルサイダーは飲めないのだろうか・・・

オリツルサイダーを飲める場所がないか調べてみたところ、山下町に販売している酒屋さんがあるという情報を得たので、お邪魔して話を伺ってみた。
 


オリツルサイダーを販売している、山下町の安田屋酒店


お店の方に、今でもオリツルサイダーを販売しているか伺ったところ「販売していますよ」という回答があった。
ずっと前から取引をしており、最近何か状況が変わったということもないそうだ。

問題なく取引が続いているということは、本社が営業を続けているという証拠だ。
とりあえずは一安心である。

無事なオリツルサイダーの姿を読者の皆さんにお披露目するために、早速1本購入しようとしたところ「申し訳ないが、冬場は小売りをしていないんです」という返事が返ってきてしまった。
安田屋酒店が店頭で小売りをするのは暑い夏場だけで、冬場は店舗向けの箱での販売しか行っていないそうだ

お店の意見はもっともだが、ないと言われるとなおさら欲しくなる。

取材後インターネットで「オリツルサイダー」を調べてみたところ、製造元の坪井食品のホームページが見つかった。情報も頻繁に更新されているようだ。
 


オリツルサイダーの製造元、坪井食品のホームページ


本社が無事営業しており、ホームページも機能していることが分かったのだから、どうすれば飲めるのか直接取材してみよう。



本物の横浜地サイダーの誕生



製造元で、中区に本社がある坪井食品に取材を申し込んだところ、代表取締役の坪井社長からお話を伺うことができた。
 


坪井食品の4代目社長、坪井裕平さん


坪井食品は1901(明治34)年に、裕平さんの祖父の鶴三郎(つるさぶろう)さんが創業。当初は料亭向けの生麩を製造していたが、料亭の減少に伴いコンニャクやシラタキの製造を開始。その後はコンニャク類の製造が中心となり、現在も多くの店舗に卸している。
 


戦前の坪井食品の写真
 

どちらも車両の側面に「コンニャク」と書かれている
 

取材した日も、出荷前のシラタキとコンニャクが並んでいた


コンニャク類は夏場になると需要が少なくなるため、穴埋めとして1928(昭和3)年ごろから、同じ機械を使って製造できるサイダーの製造を開始。創業者の鶴三郎さんの名前にちなんで、このサイダーは「オリツルサイダー」と名付けられた。「オリヅル」と濁らないのはそのためである。
 


伊勢佐木町野澤屋の屋上でも販売され、多くの人に親しまれた


さっそく坪井社長に投稿にあった内容について確認したところ「本社の場所はそのままですよ。昨年6月に横浜市内に工場を新設し、本社のそばの空き地に置いていた荷物をすべて工場内に移動したので、多分その空き地のことを言っているんでしょう」という回答があった。

その空き地は現在駐車場になっているとのことであるから、多分間違いないだろう。
 


坪井食品の事務所で、筆者のインタビューに答える坪井社長


続けて坪井社長は「これで横浜の水を使って、横浜の工場で製造する、本当の横浜地サイダーが作れるようになりました」と話してくれた。

実はこれまでのオリツルサイダーは、横浜の水で作られたサイダーではなかったのだ。

以前のはまれぽの記事にあるように、以前は静岡県の飲料工場で、静岡県の水を使用して製造したものを販売していたのである。
 


以前の記事では、静岡県で製造していると説明していた


「横浜の地サイダーなのに、横浜の水で作っていないのはとても残念だ」

前回のはまれぽの取材を受けたとき、坪井社長はこう思ったそうだ。そしてこの日から
「いつか横浜の水を使って、横浜市内の工場で地サイダーを作る」のが、坪井社長の目標となったそうだ。

目標実現のためにさまざまな努力を続けた結果、ついに2014(平成26)年の6月、念願叶って横浜市内に新たな工場を開設したのである。
  


横浜市内にある坪井食品の工場


こちらの工場ができるまでには、さまざまな苦労があったそうだ。

工場を作るには、サイダー製造に適した構造と設備を備えた建物が必要だ。サイダー製造用の機械を知人から購入し、本社の近くで物件を探したが、なかなか条件に合う物件が見つからなかったそうだ。
 


あんなところや
 

こんなところを当たってみたが、いずれも条件に合わなかった


さまざまな物件を当たり、ようやく条件に合う建物が見つかった。その後炭酸水の製造免許を横浜市に申請したところ、今度は申請がスムーズに進まなかった。

市内に炭酸水メーカーができるのは横浜市の歴史上初めてのことで、市側も申請要件を確認しながらの対応となり、急な追加や変更がいろいろあったそうだ。例えば「調合室は製造ラインと分けなければいけない」という指摘が追加され、急きょ調合室を別室にしたそうだ。
 


分割した調合室。手前がろ過した水のタンク、奥が味付け用のシロップのタンク


このような苦労を乗り越え、2014(平成26)年6月に工場を開設。9月からオリツルサイダーの生産を開始した。

横浜の水を使って、横浜の工場で製造する、本当の横浜地サイダーがついに誕生したのだ。
 


正真正銘の横浜地サイダー、オリツルサイダー


正真正銘の横浜地サイダーとなったオリツルサイダーを飲んでみたが、味はしっかりしているが甘すぎず、飲んだ後もベタベタした感じが残らない。どんな状況にも合いそうな、とても爽やかな飲み心地であった。