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ココがキニナル!

大正から昭和40年ごろまで、多摩川の丸子橋付近で「丸子多摩川大花火大会」と呼ばれた花火大会があったそうです。当時の花火大会の様子や、花火大会が行われなくなった経緯を知りたいです(ねこぼくさん)

はまれぽ調査結果!

1925(大正14)年から1967(昭和42)年まで盛大に開催された「丸子多摩川大花火大会」は、周辺の交通量増加により廃止になった。

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2016年08月19日

ライター:岡田 幸子

多摩川の花火大会というと、例年8月下旬に開催されている「川崎市制記念 多摩川花火大会」が真っ先に思い浮かぶ。川を挟んで「世田谷区たまがわ花火大会」と同日開催されるこの花火大会は、国内でも屈指の人出を誇る大規模なものだ。

 

 「パステルカラーの彩り」2013たまがわ花火大会 山中直子氏撮影(日本煙火協会提供)

 
しかし、多摩川沿いではこれ以前に別の花火大会が盛況だったという。それが、現在の丸子橋付近で開催されていた「丸子多摩川大花火大会」。京浜地区最大の花火大会として多くの人々を楽しませてきた花火大会、どんな大会だったのか? なぜ現在まで続いていないのか? キニナル「丸子多摩川大花火大会」を調査してみよう。


 
丸子多摩川大花火大会とは?
 
開催されなくなった「丸子多摩川大花火大会」と、現行の「多摩川花火大会」。ともに多摩川沿いと近いエリアでの開催だが、これらの花火大会の間に直接の関連はなかったと思われる。

 

 1952(昭和27)年、丸子多摩川大花火大会のスターマイン(東急電鉄提供)

 
川崎市経済労働局産業振興部観光プロモーション推進課によると、現在も続いている「多摩川花火大会」の始まりは1929(昭和4)年。六郷橋付近で川開きの行事としてスタートしたものだという。その後、幾多の変遷を経て、1975(昭和50)年から現在の地である高津区二子橋下流の河川敷で開催されるようになり、2016年で75回目を迎えるという。

 

 1964(昭和39)年、丸子橋のシルエットが浮かびあがる丸子多摩川大花火大会(東急電鉄提供)

 
これに対し、『わが町の昔と今 2 川崎中部編』には「丸子多摩川大花火大会」の始まりは1925(大正14)年、「丸子園」創始者・大竹幾次郎(おおたけ・いそじろう)が地元三河(愛知県)の花火師を呼んで開催したものとある。

1925(大正14)年といえば、東横線開通の前年。以来、東急や新聞各社、地元の協力で年ごとに規模を拡大し、戦争による一時中断を挟みつつも、京浜地区最大の花火大会に成長した。1967(昭和42)年に交通量の増加などから廃止されるまで、例年数十万人規模の人々が丸子橋付近で打ち上げられる花火を楽しんだというのだ。

 

 1966(昭和41)年、廃止前年の花火も多くの人が楽しんだ(東急電鉄提供)

 
前出の観光プロモーション推進課や市民ミュージアムなど、川崎市サイドには「丸子多摩川大花火大会」についての資料が残っていないという。これは、この花火大会が市の主催ではなかったためかと思われる。昭和期の開催に尽力したとされる東急電鉄にも問い合わせたが、ここで紹介した写真以外の詳しい資料は見つからなかった。

 

 戦後の開催では東急の力も大きかったようだ(東急電鉄提供)



 
「丸子多摩川大花火大会」はどんな様子だった?
 
キニナル「丸子多摩川大花火大会」、どんな花火大会だったのだろう? 当時の様子を垣間見ることができる、貴重な資料を閲覧することができた。

 

 1949(昭和24)年「日本一 丸子多摩川大花火大會目録」の写しだ

 
これによると「日本一 丸子多摩川大花火大會」の主催は「日本煙火協會」、後援の欄には毎日新聞社、東京日日新聞社、サン写真新聞社、東京都、神奈川県、川崎市、東京急行などの名が連なっている。
 
「大花火大会」の冠に「日本一」と銘打ったこの大会、1949年8月6日土曜日と7日日曜日の2日間にわたって開催されたようだ。さらに驚くことに、両日ともに午前6時からの「昼の部」と午後8時からの「夜の部」の2部制となっている。

  

 当時の様子を探るべく、日本橋人形町の「公益社団法人 日本煙火協会」を訪ねてみた

 
1949年の「丸子多摩川大花火大会」パンフレットをお見せすると、専務理事の河野晴行(こうの・はるゆき)氏は「さすが“日本一”、そして“大花火大会”と銘打っただけあって、とても華々しく開催された様子が伺えます」と顔をほころばせた。

 

 日本橋浜町生まれの河野氏は元花火会社社長。花火解説者としてメディア出演も多数


パンフレットにある主催者と同名の団体だが、公益社団法人として「日本煙火協会」が設立されたのはこの開催より13年後の1962(昭和37)年。「偶然同名ではありますが、当協会とは別の団体が主催したもののようです」と河野氏。

目録に並ぶ花火師の名前を見ていくと、横浜で活躍していた「飯村」などの業者さんと並んで、長野県の「小口」「青木」や山梨県の「山内」、新潟県の「小泉」などの名が目につく。どうやら上信越あたりから業者さんが集まって開催したものらしい。

 

 「五色の華」豊田おいでんまつり花火大会 渡辺保彦氏撮影(日本煙火協会提供)

 
「日本で初めて花火を見たのは徳川家康であるという確実な記録があり、三河の鉄砲隊の技術が日本の花火の起源という説もあるとおり、三河は国内花火発展の中心でした。その後、天竜川沿いに長野、新潟と花火文化が伝わり、花火師も多くいます」

「戦後禁止されていた花火大会をGHQが解禁したのが1948(昭和23)年。これを受けて両国川開き花火大会が復活した翌1949(昭和24)年の開催ですから、なんらかのきっかけで上信越地方などの花火師が集い“丸子多摩川大花火大会”を復活させたのではないでしょうか?」

河野氏によると、目録から盛大だった当時の花火大会の様子を鮮明に読み解くことができるという。

 

 

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