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保土ケ谷区の地下に今でもハマスタ100個分以上の埋まっていない巨大な坑道があるって本当!?

ココがキニナル!

保土ヶ谷の星川界隈には地下坑道があり、台風で陥没被害も出ていることを知りました。横浜市が主体となり埋戻しが行われたそうですが今はどうなんでしょうか?(町田県民さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

保土ケ谷区星川近辺にある地下坑道の埋め戻し作業は、2001(平成13)年か2002(平成14)年に終了している。明確な時期は不明である。

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ライター:三輪 大輔

日本硝子と地下坑道



「地下坑道ができたのは戦前のことです。当時、日本硝子という会社が、ガラス瓶の製造に使用される珪砂(けいしゃ)を保土ケ谷区で採掘していました。大正初めから、およそ30年に渡って行われていたそうです。その採掘跡が地下坑道です」

帷子川(かたびらがわ)沿いの山には、ビール瓶や炭酸飲料の瓶の製造に使用される珪砂の層がある。そのため、ガラス製造工場がいくつかあったという。
 


上星川駅前にも流れる帷子川


現在、鉱業法で珪砂の採掘は許認可制だが、当時は特別な許可は必要なかったため無制限に採掘することができたそうだ。その結果、坑道が各地に点在し、300ヘクタールに及ぶ広さになった。

「日本硝子は、現在の横浜ビジネスパーク周辺に会社がありました。その跡地には建てられたものに保土ケ谷スポーツセンターもあります。実は建設工事の際、地下坑道が見つかり工事が大幅に遅れたそうです」

保土ケ谷スポーツセンターの開館は1989(平成元)年の10月だが、当時、地下坑道の件は大きな話題にならなかった。
 


日本硝子があった横浜ビジネスパーク周辺


ただ1991(平成3)年、仏向町1700番地で地下坑道が発見された際、横浜市は日本硝子に文書などで照会を行っている。その当時、日本硝子からあった回答骨子が下記だ。

「弊社が採掘した事実なし。当該坑道からの採掘物を弊社の横浜工場でガラス原料の珪砂として使用したことは事実と推測できるが、裏付けとなる事実はなし。当該坑道から採掘した珪砂を弊社の横浜工場で購入したことは事実と推測できるが、購入先を特定する事実はなし。弊社の社史はなし」

ところが日本硝子の記念誌は残されていて、その中には「日硝珪砂有限会社」や「日本硝子珪砂株式会社」などの関連会社が記載されているそうだ。
 


取材時、横浜ビジネスパーク周辺で行われていた下水工事


そして、責任の所在があやふやなまま埋め戻しが行われ、2001(平成13)年か2002(平成14)年ごろには工事が完了した。その明確な時期の特定は、冒頭にあるように市に資料がないため分からない。

しかし手塚さんが「予算的に保土ケ谷区の坑道全ての埋め戻し作業を行うのは難しかった」とおっしゃっていたことからも、危険な場所の埋め戻しは完了したが、全てが埋め戻されている訳ではないのは確かだ。

「地下坑道は戦中、防空壕として使用され、戦後は子どもたちの冒険の場となっていました。しかし現在、地下坑道の入り口はふさがれて、中に入れないようになっています」

保土ケ谷の地下坑道に関しては、危険箇所の埋め戻しを終え、地下坑道の浅いところを埋めて入り口を塞いだことで決着がついたという認識なのだろう。
 


横浜市役所の対応は実際どんな内容だったのか・・・


ただ地下に関しては、こんな事実もある。それは手塚さんの話にもあった防空壕だ。WASC基礎地盤研究所(本社・大阪)のご担当者の方も「地下には、防空壕が今も多く存在しています」と説明されていた。横浜市内にも数多くの防空壕が存在しており、歴史的な価値の高い慶應義塾大学日吉キャンパス下の地下壕もある。
 


以前、はまれぽでも取材した慶應義塾大学日吉キャンパス下の地下壕


実は、手塚さんもインタビューの最後に次のように話されていた。

「地下坑道は、当時の保土ケ谷の様子を知ることができるため、歴史的な価値もある場所です。安全性の高い場所を保存し、遺跡として使うことができればと考えています」

地下に穴があるからといって、すぐに危険であるとは言えない。基盤の強さなど危険性を判断するには多くの条件を考慮する必要があるのだ。しかし保土ケ谷区の地下坑道に関しては、安全性の判断がどんな基準で、どこを埋め戻したのか明確ではない。分からない分だけ、不安が残される。



取材を終えて



戦前、珪砂の採掘場は学校の社会見学先であった。そこでは、ふんどし一丁で多くの男が働いていたそうだ。その当時の様子は現在、うかがい知るすべもない。しかし地下坑道が遺産として残されることで、そうした営みが確かに保土ケ谷区にあったという事実は、語り継がれていくだろう。
 

―終わり―
 
 

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コメントする
  • 少年期まで星川に住んでいたので、まさに近所にその坑道を見ながら育った。住人にとっては珪砂の坑道の話は常識でした。

  • >ねぱ子さん JRの貨物線を通る電車の音かもしれません。東戸塚から羽沢に向かって長いトンネルが走っています。現存していますし地図でも確認できますので、ご自宅の位置と見比べてみてもいいかもしれませんね。

  • これだけの生命や環境に関する重大な事案を、電子記録媒体もすでに充分に発達していた当時の記録が何も無いと言い放つ市役所、区役所の怠慢に驚きです。面倒くさいからわからないと言ってるだけの方ならかえっていいのですが。

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