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緑区霧が丘の「7色に変化する池」の伝説とは?

ココがキニナル!

かつて緑区の霧が丘4丁目に霧ヶ池という大きな池があったそう。この池は一日のうちに七色に変化するという、不思議な言い伝えがあったとか。どのような池だったのでしょう?そして伝説の真相は?(ねこぼくさん)

はまれぽ調査結果!

「霧が池」は木が生い茂る森の中にあった深い池で周囲には季節の花が咲いている。そのため、差し込む陽射しの加減で水面の色が変化したと推測される

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ライター:橘 アリー

池に大蛇が住んでいた!?



地域の歴史に関する資料によると「霧が池」は、投稿にあった「池の水が1日のうちに7色に変化した」と云われる池だという記述のあるものもあった。

調べを進めていくと、ほかにも「池に住んでいた大蛇にまつわる伝説」と「池のほとりに建てられた祠に関する伝説」もあることが分かった。

まず、大蛇にまつわる伝説の内容をかいつまんで説明すると・・・

「霧が池」と呼ばれた池があり、その周辺はうっそうとした木々に覆われて昼でも薄暗い場所だったが、池の周辺にはショウブなどの花が咲き、季節ごとに美しい風景が見られる場所でもあった。

 

ショウブの花(フリー画像より)
 

ここの池には雌の大蛇が住んでおり、東京都大田区の洗足池に雄の大蛇が住んでいた。
ある時、村人が馬を引いて江戸へ用事で出かけた帰り道に、洗足池の近くを通りかかった。そのとき、美しい娘に「馬に乗せてくれませんか」と声をかけられた。

その娘は困っているようで、ちょうど帰り道だったので村人は馬に乗せて十日市場まで行ってあげた。

 

現代の洗足池の風景(フリー画像より)
 

娘はお礼に小判を3~4枚差し出した。
村人は家に持ち帰りそれを神棚に上げておくと、小判は蛇の鱗に変わっていたそうだ。
村では、“「霧が池」の大蛇が「洗足池」の大蛇に会いに行った帰りだったのだろう”と語り継がれたという。

また、その村人には、それからは良いことばかり続き、村一番のお金持ちになったという後日談の逸話もあるそうだ。

 

大蛇のイメージ(フリー画像より)
 

続いて、祠にまつわる伝説の内容は・・・

近世の中ごろ、その当時「寶袋寺」の住職であった活道和尚(かつどうおしょう)の夢枕に、「霧が池」の主である雌の大蛇が美しい女性の姿で現れ、「池が棲(す)みにくいので石の祠を建てて清めてほしい」と告げた。石の祠を建てると「霧が池」一面がどんよりと濁り静かな池にかわり、池の大蛇は居なくなったのだろうと噂になった。

その直後に、離れた場所にある「洗足池」の水は7回輝き、水の色が変わったが、10日もすると元の静かな池に戻った、という「洗足池」との関わりを加えたような内容のものもあった。

 

現在の石の祠は1771(明和8)年に建立したものだそうだ
 

この祠が建てられたのは、干ばつが2年も続いたので長津田にある大林寺(だいりんじ)の住職たちによって雨ごいが行われ、雨が降り豊作となった。その感謝のお祝いをして建てられたそうである。

「霧が池」のほかの伝説も分かったところで、いよいよ投稿にある“1日のうちに、七色に変化するという、不思議な言い伝え”などの真相について、調べてみることにした。



言い伝えのの真相は?



緑区の郷土史研究家である、相澤雅雄(あいざわ・まさお)さんにお話を伺った。

 

相澤さんの著書の一つ『横浜・緑区 歴史の舞台を歩く』
 

この資料にも「霧が池」について書かれている。

それによると、その昔、霧が丘はうっそうとした森林におおわれていて、「霧ヶ池」は計り知れないほどの深さの池だった。1日に7度も水の色を変える神秘の池として知られていたようだ。
そして、いくら日照りが続いても、この池だけは湧き水が豊富で涸れることはなかったという。

キニナル投稿にもあった、水の色が日に7度(7色)も変わることについて相澤さんに伺ったところ、深い森に陽が差し込み、また水辺にはショウブなど四季折々の花が咲いていたので、光が差し込む加減や花の色が水に移り込む様子などで、1日に変わる回数や色までは推測できないにしても、水面の色が何度か変化することがあったのではないだろうか、とのこと。

 

池の水面に景色が映り込む様子(フリー画像より)
 

確かに、池などの水面に周辺の景色が映ることや、陽射しによって水面の色が変わることはあるものだ。
周辺に季節の花が咲き誇っていた「霧が池」は、さぞかし美しい光景だったのだろう。

また、雨ごいが行われたことに関しても伺った。十日市場村の名主の日記に、雨が降ったことを祝って祠が建てられたと記されていたようで、雨ごいで雨が降ったことは事実のようである。

 

「霧が池」があった当時。この中に現在祀られている石の祠があった(『横浜・緑区 歴史の舞台を歩く』より)
 

大蛇が棲んでいたかについては不明であるが、森林の中の池なので周辺に大きな蛇がいても不思議ではないであろう。

また、霧が丘の近くを通る中原道(なかはらみち)は、洗足池方面とつながっており、昔から人々が行き来し、人々の生活に身近な存在だった。そんなところから、「霧が池」と「洗足池」との間に行き来がある物語が生まれとも推測できる。



取材を終えて

 

以前は「霧が池」だった広場の手前に葉ボタンや草花が生えていた
 

池の面影とは、ほど遠いであろうが・・・

 

こうやって見ると・・・
 

何となく池のほとりに草花が生息していた様子を思い浮かべられないだろうか。


―終わり―


参考文献
『横浜・緑区 歴史の舞台を歩く』
『十日市場村誌』
『十日市場の歴史』
『緑区を訪ねて』
 

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  • 買い物に行くときよくこの横の道を通ります。ごく普通の公園だと思っていました。しかし「数々の伝説が残る霧が池」と、写真入りで以前何かの本で見てビックリ!あの公園が~?という感じでした(笑)

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