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保土ケ谷区にある陣ヶ下渓谷公園ができる前、捨てられた集落の廃墟が多数あったって本当?

ココがキニナル!

陣ヶ下渓谷が公園化されるかなり前、廃墟が多数あったのですが、何故その集落が捨てられたのか?小学校への最短ルートだったのに学校側からは通過禁止にされていました。関わりがあるの?(ホトリコさん)

はまれぽ調査結果!

環状2号線建設に伴い、立ち退きなどによる廃墟があった。また、公園内は通学路には危険と判断された可能性があり、廃墟とは関係ないようだ。

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ライター:小方 サダオ

川島町北側で調査(つづき)



そこで公園の下流口付近に家を構えるIさんに、まずは廃墟に関して伺うと「このあたりにはIさんという2軒の家がありました。それぞれ兄と弟が1人で暮らしていましたが、4年ほど前に2人ともほぼ同時期に亡くなりました。その後2年ほどは放置されていたので、廃墟状態だったといえます」

「生垣に囲われた大きな旧家で、今では珍しく敷地内にお稲荷さんが祀られていたりしました。そんな廃墟となった旧家は、外から見ると気味が悪かったかもしれません」
 


Iさんという2軒の旧家があったあたり


「今でも数軒廃墟が立っていますが、これらはIさん宅と同じように、家主が亡くなりそのまま放置されているものが多いです。さらに道路が狭いなど、建築基準法上問題があり建て替えができない家であることも放置されている理由のようです。また近くにはお墓も建っていて、廃墟が多かったときは、通学路としては環境は良くなかったかもしれませんね」とのこと。
 


廃墟の近くにお墓がある
 

今でも廃墟が数軒残っている
 

家主がなくなりその後放置されたという
 

庭には雑草が生い茂っている
 

となりの家も廃墟だ
 

さらに家主がなくなり、放置された家があった


投稿にあった捨てられた集落に関して伺うと「10年程前には、環状2号線の建設時に立ち退いた家がしばらく放置されていました。一時期は廃墟が多く、捨てられた集落、という雰囲気はあったかもしれません。しかし今では新しい家も出来て、そんなことはなくなりました」とのこと。
 


川島町南側と同様に、こちら側にも環状2号線建設で立ち退いた住宅があった
 

一時期廃墟が多かったという


以前との違いに関して伺うと「公園の森の様子は昔とあまり変わりませんが、環状2号線が出来たため雰囲気は大きく変わりました」
 


環状2号線
 

住宅街の上を通る環状2号線
 

環状2号線が出来て、街の様子が変わったという
 

川島町北側の住宅地の地図(保土ヶ谷区明細地図1964〈昭和39〉年)
 

現在の川島町北側の住宅地の地図


2枚の地図を重ねてみると。
 


環状2号線と重なる赤い矢印付近の住居が立ち退いたことが分かる


通学路に関して伺うと「公園の反対側から来る児童たちは、山の中を通るルートで通っていました。しかし今では環状2号線の歩道を使う児童が多いようですね」と答えてくれた。

次に廃屋の近くに住む人に伺うと「廃墟内の敷地のツタがこちらに伸びてきて、困っています。処理するように役所に言っているのですが、来てくれないので自分で対処しています」と答えてくれた。

放置された廃墟は、周辺住民にとって問題となっているようだ。
 


廃墟の敷地からのツタがとなりの家に伸びている
 

電線を伝って伸びるツタ


続いて川島小学校の校長先生に、通学路と廃墟に関して伺うと「現在の通学路は環状2号線沿いの道です。また廃墟があったことは存じ上げませんでした」と答えてくれた。

川島町の北側でも南側でも、廃墟が多い時期があったようだが、通学路が変わったこととは関係がないようだ。
 


環状2号線の下には8軒ほどの家があったという


次に廃墟に関して地元の方に伺うことにした。庭に出ていた男性は「現在環状2号線の通る下には8軒ほど家がありました。住民がすべて移転したあとすぐ取り壊しが始まったため、1~2日で更地になっていました。しかし立ち退きの話が来てから出るのが早い人と遅い人はいたかもしれません」とのこと。

立ち退きの契約をした人たちの中で、最後の人が出るまでは工事を待っていたため、早めに出ていた人の家は、その間空き家になっていたといえる。
 


空き家が多く感じたのは、早めに立ち退いて家を放置した人たちが多かったからかもしれない


川のそばで畑仕事をしていた女性に廃墟に関して伺うと「環状2号線の建設の際にはこのあたりでは民家やアパートなど8軒ほどの家が立ち退きました。しかし話が来て1年以内でみんないなくなりました。廃墟が放置されていたような状態はありませんでした」

「Iさんの家は大きく一軒家で、兄と弟が住んでいました。母屋のほかには畑や離れの風呂場がありました。頑固な人で環状2号線の立ち退きの話があった時も『売らない』とがんばっていましたが、家は工事区域にはかろうじてかからず立ち退く必要はなくなりました。7~8年前に2人が亡くなった後は空き屋になり、1~2年ほどは放置されていました。しかしそれは環状2号線が出来たあとのことです」と答えてくれた。
 


このあたりには民家のほかにアパートも建っていたという


前出の2軒の廃墟のそばに住む女性に廃墟に関して伺うと「この2軒の廃墟に関しては、約12年前に一軒は一人暮らしのおばあさんが亡くなり、その後もう一軒は引っ越していき、そのために廃墟になりました」とのこと。

12年前というと2003(平成15)年になるので、この2軒は、公園整備と環状2号線建設よりも前から廃墟になっていた可能性がある。
 


一人暮らしのおばあさんが亡くなり廃墟になった


環状2号線建設による廃墟に関して伺うと「環状2線の建設前には、このあたりには、民家が8軒ほどとアパートが2棟、また惣菜などを作る工場があり、その向こうの線路の方は畑だったのです。1967(昭和42)年くらいから住んでいた人たちでした。立ち退きの話が来てから1年以内にみんな出て行きましたから、誰もいない空き家が並んでいたようなことはありませんでしたよ」と答えてくれた。



行政機関へ確認


 

北部公園緑地事務所の外観
 

まずは陣ヶ下渓谷公園整備に伴って廃墟があったか、について北部公園緑地事務所の担当者に伺うと「詳しい資料は残っておりませんので、詳細は分かりませんが、公園の整備時に陣ヶ下渓谷内には住居はほとんどありませんでした」と答えてくれた。

また環状2号線の建設と廃墟に関して横浜市道路局企画課の浅田さんに伺うと「通常道路建設に伴って住民に移転していただく場合は、移転のための補償金には解体の費用も含んでおり、更地にして引き渡す契約になっています。そのため道路建設に伴って立ち退いた住居が廃墟状態になっていたことは考えにくいです」と答えてくれた。
 


道路局が入っている関内中央ビル


移転期間中にどのタイミングで家を離れるかは、住民によって異なる。そのため住民が転居して住居が放置されていた期間は短いと思われるが、移転期間の終盤の方の状態は、投稿にあるような「人が直前まで住んでいたような廃墟が建つ捨てられた集落」の状態になっていたのかもしれない。

さらに環状2号線建設とは関係なく、周囲に家主がいなくなり放置された住宅もあったことで、さらにその雰囲気は増したのではないだろうか。



取材を終えて



環状2号線の建設が陣ヶ下渓谷と住宅街の姿を変えたが、結果的に安全で便利な通学路を誕生させることになった。
しかし昔は多かったという、渓谷の自然を感じながら通学する子どもたちは少なくなってしまったといえるだろう。
 


陣ヶ下渓谷を流れる川



―終わり―
 

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  • 通学する児童の為にも、行政による整備をしっかり行って欲しい。

  • 空き家が全国的に増え、クローズアップされています。行くところ行くところ確かに空き家の存在が目に止まります。空き家を放置すれば、放火、犯罪の温床になる可能性があります。昨今、やっと行政が重い腰をあげて条例化し、空き家対策に本腰を入れました。今後、持ち家比率と借家比率の割合が愕然(がくぜん)と変わることは間違いないでしょう。

  • 『スクールゾーン』の看板×『横断歩道あり』の標識〇

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