【横浜の名建築】明治を代表する偉人が愛した 旧伊藤博文金沢別邸
ココがキニナル!
横浜にある数多くの名建築を詳しくレポートするこのシリーズ。第10回は、旧伊藤博文金沢別邸。明治時代を代表する政治家の伊藤博文は金沢の地を愛し、格式の高さと武家の慎ましさをあわせもつ別邸を残した。
ライター:吉澤 由美子
くつろぎの空間である落ち着いた居間棟
(続き)
居間棟の奥には、トイレと湯殿がある。
脱衣室、湯殿、釜場は寄棟の板葺き。
陽射しが入る広々とした洗い場。この湯殿は創建9年後に現在のような形に整えられた
サワラを使った板風呂の浴槽。実際にお湯に漬かるスペースは案外小さい
浴槽の壁側に見える煙突の中に熱い煙を通し、それでお湯を温める。沸かすのに半日程度かかるらしい。
広い台所のある玄関棟と、見逃せない修復箇所
玄関の方に戻ると、台所棟がある。こちらは、調理場、女中部屋、玄関を含めたもの。
調理場は板敷で、横に3畳と4.5畳の女中部屋
窓辺には「置きヘッツイ」と呼ばれるカマド。200kgほどある。
土間になっている水屋の手前には、座り流しという室内用の流しが置かれている。
表から見た水屋。現在は埋められている井戸を中心に、立ち流し、ヘッツイが配されている
この建物は修復箇所を見るのも面白い。
廊下は古い材を使った部分と新しい部分がわかりやすい
古い部分を歩くと、ここを通った幾多の人々に思いが広がる
懐かしさを感じるガラス戸の鍵
傷みやすい下部を新しい材に取り換えて継いだ柱
板戸を止める釘も、砂鉄から鉄を作るボランティアの手で復元された
この建物は茅葺だが、一部が板葺となっている。居間棟のトイレの天井は板葺だ。
玄関のすぐ右にあるトイレの入り口から見た天井は茅葺
両方のトイレで天井を見比べるとその違いがよくわかる。
取材を終えて
1887(明治20)年、横須賀市夏島にあった別邸や横浜市金沢の料亭で憲法の草案審議を行っていた伊藤博文は、夏島別邸を父に譲るかたちで小田原に移築した後、1898(明治31)年、ここ野島に新しく別邸を建設。
晴れていると木更津まで見ることができる
慕われながらも心酔されることなく、それを誇りとした明治時代の高潔な政治家、伊藤博文は金沢を愛した。
中庭に向いた障子に木の影がうつる
千円札の肖像になるような歴史上の偉人であり、厳めしいイメージだった伊藤博文が、この別邸で過ごすうちに、とても親しい人のように思えてきた。
―終わり―
旧伊藤博文金沢別邸 公式サイト
http://park.hama-midorinokyokai.or.jp/park/hakubuntei/
客間や広縁などで、いつでもお抹茶とお菓子を楽しめます。
抹茶と干菓子のセット 300円
管理事務所に声をかけてください。
毎月第2土曜日・日曜日は特別なお菓子を用意
お抹茶とねりきり(和菓子)のセット 500円
ライトアップ&コンサート
~東北への想いを込めて~
9月23日(祝) 入場無料 雨天決行
当日は、灯篭などに灯りを入れた美しい夜の別邸を楽しめます。