横浜ポルタのオブジェをつくったグラスアーティスト野口真里さんてどんな人?
ココがキニナル!
横浜ポルタ入口のオブジェ「横濱三塔物語」やダイヤモンド地下街のオブジェなどを作ったガラスアーティストの野口真里さんがキニナリます。どんな思いで創られているのでしょう?(AniesLeeさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
野口真里さんは港南区在住のグラスアーティスト。多くの方の協力のもと、ガラスを使って儚い、しかし限りなく美しい世界の創造に邁進している。
ライター:松崎 辰彦
適切に扱えばガラスは安全である
全国各地で仕事をしている野口さん。もう一つ、横浜での野口さんの作品を見てみよう。
みなとみらいにある「ブリリア ・ショートショートシアター」。その壁面を担当したのも野口さんである。
ブリリア ・ショートショートシアターの壁(画像提供:マリエンバード工房株式会社)
「イメージしたのは稲妻です。稲妻は大地に落ちて稲を豊に実らせるといいますが、そのようなインスピレーションの訪れとともに若い才能が伸びていくことを願って作りました」
同時に砂時計をモチーフにしたグランプリ杯も毎年制作している。
野口さん制作の優れた短編映画に贈られるグランプリ杯
野口さんは徹底した現場主義で、仕事を依頼されると必ず現場へ行き、その場の雰囲気を感じて作品に反映させる。「現場に行かないとイメージが湧きません」という姿勢が、ポルタの作品にも見られるような周囲の情景と調和したたたずまいをかもしだすのだろう。
周囲に違和感なく溶け込んでいる
建築に関わるガラスの芸術品で一般に知られているのは第一にステンドグラスであろうが、野口さんが取り組む「アーキテクチュア・グラスアート」は、日本ではあまり一般的でないという。
「その理由は──地震です」
そう、日本は地震国であり、ガラスは地震の際に割れて危険だと思われているため、ポルタのような大きなガラス作品はなかなか生まれないのである。
「あの仕事も、ポルタのオーナーさんのなかで一人でも“ガラスは危険だ”という人がいたら成立しませんでした」
ときに写真撮影する人も
野口さんは回想する。実際のコンペでは、むしろ「世の中ビルもどこもかしこもガラスだらけじゃないか、危険なことなんてないよ」とむしろポルタ側から励ます声が上がったという。
「ポルタの仕事は短期間で仕上げましたが、実はほかに仕事がなかったからできたんです。というのも、当時はいただいていた仕事が東日本大震災で全部なくなってしまい、途方にくれていた時期だったんです」
地震の際にガラスは危ない、と多くの人が不安を感じ、ガラスのオブジェへの需要が消えてしまったのである。野口さんにとって危機的状況だった。
「でも、ガラスは適切な扱い方をすれば決して危険なものではありません。安全な扱い方も確立しています。それをご理解願いたいです」
ガラスは適切な扱い方をすれば危険ではない
野口さんの仕事はガラスの安全性追求への道のりでもあった。グラスアーティストとして歩み始めたころ、ガラスをわざと壊して破片がどう飛び散るか、屋外にガラスを何ヶ月も放置してどのような変化が生じるかなど、さまざまな実験を自らの手で行わなければならなかった。
「ガラスをつないでいる接着剤が劣化したら……などという問題もありました。新商品の場合、データが乏しいのでメーカーも安全保障をしてくれないのです」
またガラスは大きいものになるとタテにおくだけで撓(たわ)んだりするというが、そうした変形率も専門家に依頼して計算してもらっている。
さまざまな問題を一つずつ乗り越えて、野口さんはガラスの安全性を確立したのである。
ガラスの中に水があり、風がある
野口さんの仕事はまずデザインから始まる。デザインが完成すると、それをもとにガラスが削られる。使用するのはフロートガラスという窓ガラスなどに使われるもので、サンドブラストエッチングという技法で表面を削る。ガラスにアルミナという人工砂を吹きかける技法である。
サンドブラストエッチング(画像提供:マリエンバード工房株式会社)
「元来は船の錆(さび)をとるような、荒っぽい技術でした。現在でもお墓の文字部分を彫るときに使われたりします」
この作業はスタッフが行う。その後はガラス同士を接着し、表面を薬品処理して光沢を出し、さらに金具などをつけて完成となる。
自社工房内で一貫作業で制作している(画像提供:マリエンバード工房株式会社)
現場への搬入は専門の業者に依頼する。
「ガラスをどう扱えば安全か、経験を積んでいる方々です」
ガラスというデリケートな素材を扱う上では、経験豊かなスタッフの存在が欠かせないのである。
ガラスの扱いには経験が必要である(画像提供:マリエンバード工房株式会社)
こうしたスタッフに支えられて、野口さんは日本各地、ときには海外からの注文に応じて作品を作っている。
ザ・リッツ・カールトン香港(画像提供:マリエンバード工房株式会社)
「どんな小さな仕事でも最低1ヶ月はかかります」
通常は数ヶ月、長ければ1年を超える仕事もある。
事務所にあるさまざまな小物も野口さん作
ガラスで素晴しい世界を作り出す野口さんだが、ときには作品に制約を課せられ、頭をひねるという。
「テーブルを作ってほしいといわれ、“ものを置くのだからそれを考えてほしい”などと注文され、いろいろ思案したりします。以前は『アートを依頼されているのになんでそんなことを真っ先に考えないといけないの』などと憤慨していましたが、今ではそれも一つのチャレンジだと思って取り組んでいます」
芝公園フロントタワー(画像提供:マリエンバード工房株式会社)
またクライアントがいろいろなリクエストをしてくる場合もあるが、かつてはそれを全部満たした作品を作っても、先方からは「違うんだよな……」という反応しか返ってこなかったという。
「“じゃあどうすればいいの?” といいたいところですが、いくらクライアントの言い分を受け入れても、私自身が納得できないと先方も納得してくれないのだとわかるようになりました。クライアントのリクエストを受け入れないのではなく、受け入れた上で自分自身が頷ける作品でないといけないということだったんです。数多くの作品を作っていくなかで、そうしたことが理解できるようになりました」
彼女自身は、どのような作品を作りたいのだろう。
「風のように儚(はかな)い、手にとれば消えてしまうもの、でも哀しくはないもの──そんなephemeral(エフェメラル:儚い)なものを作っていきたいんです」
野口さんの作品に関して、スタッフの九鬼(くき)さんは「野口はガラスで水を作ります。ガラスで風を表現します」という。
たしかに野口さんの作品には水があり、風がある。
ガラスで水を表現する
「子どもさんでもお年寄りでも、きれいなものは理屈抜きにきれいなんです。透き通っていて、そこに光が当たるとワァ、きれい! って。そういう作品を作りたいです」
ガラスの魅力を語る野口さん。彼女の作品は、これからも人々の話題になることだろう。
取材を終えて
このたびの取材ではガラスという素材を扱う上での苦労をお聞きした。
「施工、安全性、ライティング、予算──こうした要素をすべて考えながら作品を作っていきます。目に見えない部分に大変、お金がかかる世界で、そのため後進が育たないのかなと思います」彼女はいう。
工房にて。ここから数多くの作品が生まれる
しかしながら、外国の建築家に刺激されて、日本でもガラス建築に挑戦する建築設計者が増えている。それに引っ張られて、日本のガラスメーカーも努力するようになったという。少しずつだが、この世界も進歩しているようである。
「この仕事はチームワークです。作るものが大きければそれだけ人とのかかわりも出てきます。作業段階で最終的な完成図が見えているのは私だけなんですが、そんな私を信頼して、多くの方が協力してくださっています」
キャリアはすでに26年という野口さん。今後はガラスで庭園を作ってみたいという彼女の活動に注目である。
2羽のカモメは人々の絆と勇気を表しているのか
(画像提供:マリエンバード工房株式会社)
─終わり─
取材協力
マリエンバード工房株式会社
http://www.mari-and-bird.jp/
れんさん
2014年09月29日 19時40分
いつも通るたびに綺麗だなぁと思っていました。1枚目の写真の紫にライトアップされたゲートは格別に美しいですね。何か特別な時にライトアップされるのでしょうか? 実際に見てみたいです。
AniesLeeさん
2014年09月29日 14時49分
調査ありがとうございましたm(_ _)m「三塔物語」が本当にあの場所に溶け込んでいて、地下街の作品も98年作にも関わらずいつ見ても新鮮な感覚が有ってずっと気になって居ました。細かく横浜縁の物が沢山描かれて居たのは知らなかった!!今度じっくり見てみます。ガラスで水を表現するのも斬新ですし、トロフィーも有るんですね。製作の過程についても、本当に信頼して居るチームワークだからこそガラスという素材での作品が叶うという気がしました。クライアントの信頼も含め、「作品=信頼の絆の結晶」だと思います。だからあんなに輝いているんでしょうね(^-^)これからの活躍に期待、ガラスの庭園なんて叶ったら間違いなく素敵ですよね。
ホトリコさん
2014年09月29日 12時27分
マリノスタウンに行く途中に何気なく見てはいましたが、同じアーティストの作品が横浜のすぐ近くに、もう一つあるなんて意外でした。それぞれ別の人の作品だと思っていたので、個人的には同じ人の作品とは記事にならなければ、一生気づかなかったと思います。更にガラスじゃなくて樹脂製だと思っていました。