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日枝神社例大祭の神輿渡御、人柱の鎮魂のためって本当!?

ココがキニナル!

日枝神社例大祭の神輿渡御は、もともと昔の埋立地に埋められた『人柱』の鎮魂のために行われるものだったという話を聞きましたが、実際に人柱が埋められたと言う話は本当なのでしょうか?(甘党猿さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

人柱の事実は確認できませんでした。例祭の神輿渡御は、秋の収穫、一年の無事を神に感謝するために行われています。

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ライター:ほしば あずみ

人柱になったお三とは? 

伝説は細かい点で相違のある幾パターンかが存在するようだが、おおまかなあらすじは、干拓事業が難航し、人柱を立てるという話になり「お三」という女性が名乗りをあげ、犠牲になった事で以降工事は滞りなく進み新田が完成したというもの。

はたしてそれは事実なのか。
日枝神社の角井瑞宮司に話を伺ってみた。
 


お三の宮日枝神社の本殿


「伝説の根拠となるものは何も残っていないんですよ」
開口一番、そう言われてしまった。

「一説には、干拓事業を行った吉田勘兵衛さんが神社に『大乗経』という経典を埋めていており、それが大正期の改築によって発見されて伝説のもとになったとも言われていますが、その『大乗経』も吉田家で保存していたのが関東大震災か戦争時の火災で焼失してしまったそうで、現物は残っていません」
 


かつてのお三の宮の様子。いつの時代のものかは不明とのこと


神社にあった昔の境内を描いた絵にも、お三の存在を感じさせる塚や供養塔といったものは見当たらない。人柱となったのであれば、何かしらの痕跡があるはずだ。

人柱の「柱」とは神を表現している。

神の数え方が「一柱、二柱」であるように、建築的な意味での柱ではないのだ。であるなら、人柱となった人物は当然祭神として祀られるべきだが、お三の宮の祭神は大山咋神(くいのかみ)。

これは日吉大社はじめ全国の日枝神社が祀る神だ。



人柱伝説はなぜ生まれた?

これも証拠や根拠はないのですが、と角井宮司は断ったうえで、「開港以降、伊勢佐木町には映画館や芝居小屋、寄席などができ繁華街として栄えていきました。当事、横浜は東京に比べるとまだまだ田舎だったので、人寄せのために芝居や講談などの興行をさかんに行ったのです。

その題材として地元の話を取り上げたのでしょう。難工事だった吉田新田、その偉業、苦労をよりドラマチックに描くために人柱を立てて…という筋書きをつけた。その芝居を見た人がまた人に語り、さまざまな「お三」という女性の物語が伝わっていったのではないでしょうか」と語った。
 


 

お三の宮で配布しているパンフレットでも、人柱伝説を紹介していた


実はこういう伝説は各地の新田開発や堤防工事で語られている。

たとえば、岡山県にある沖田神社に残る「おきた姫伝説」。元禄五(1692)年、沖新田の干拓事業で堤防工事が困難を極め、「きた」という女性が人柱として捧げられた。その後工事は完成、「きた」は「おきた姫」という祭神として沖田神社に祀られた、というもの。
お三の伝説に非常に似ているように思えるが、いかがだろう。

ちなみに「おきた姫」は実際に祭神として祀られている。
 


人柱となったというおきた姫を祀る岡山の沖田神社


神輿渡御が鎮魂のために行われている、というのも後付けのこじつけだろうと、角井宮司は言う。

吉田新田の干拓は、小学4年生で学ぶ地元の歴史です。干拓は史実ですが、吉田勘兵衛さんのご子孫にしてみれば、ご先祖の偉業に付随して人柱だなんてとんでもない、というお気持ちもあると思います。ただ、地元のみなさんが「お三の人柱伝説」として親しみ、様々なあらすじで語っておられるので、神社としても否定も肯定もしません。

3日続く日枝神社の例祭はなぜか昔から雨になる事が多いんです。それを、「お三様の涙雨」だという方、「お三様が皆の前に姿を現す前、体の塵を落としたり顔をあらったりするために雨が降るんだ」とおっしゃる方もありますね」



まとめ

お三が人柱になったのが史実かどうか、確認できる資料は残っていない。

入水した場所も神社の裏手だった、いやもっと海際だ、と諸説あるようだ。いくつかあるお三の人柱伝説も、お三が許婚の仇討ちのため諸国流浪する武家の娘として吉田勘兵衛と出会う等、あまりに芝居がかっていて現実味はないように思えた。

だからといって真っ向から否定するのではなく、あくまで伝説は伝説としてこれからも地域で語り継いでいくものなのだろう。

例祭の渡御は人柱の鎮魂のために行っているわけではないようだが、苦労して埋め立てた土地の安寧と豊穣を神に願う心が宿っており、また開墾した人々への感謝も込められている事に間違いはない。


―終わり―
 

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  • お三の宮の人柱伝説は、地元の人なら子供の頃に一度や二度は聞いたことがあるお話ですね

  • 調査して下さりありがとうございました。実は僕も神社のパンフレットは持っていたのですが、それ以上のことは分からなかったので…。この記事を見て横浜下町の歴史や伝説を知ってくれる人が多くなれば良いなと思います。

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