横浜・京急ミュージアム展示予定の名車両「デハ230形」修繕完了!
ココがキニナル!
2019年度中にオープン予定の京急ミュージアム(仮称)で展示されるという「デハ230形」。一体どんな姿で展示されるのだろう。修繕が完了したというので取材したい!(ライター若林のキニナル)
はまれぽ調査結果!
外観の塗装は鮮やかな赤色に塗りなおされ、現役で走っていてもおかしくない姿に。車内もシートや床を修繕。デハ230形は見事に蘇り、京急ミュージアムに展示される日を静かに待っている。
ライター:若林健矢
木の暖かみが感じられるレトロな車内がかっこいい!
お次は車内の様子をチェック!まず運転席から。
最近の車両では加速とブレーキ、両方の機能が一体化している「ワンハンドル」タイプのマスコン(マスターコントローラー)がほとんどだが、デハ236号では右手でブレーキ、左手でマスコンを操作する「ツーハンドル」タイプの運転台が目を引く。
機器類や配線でごちゃごちゃした印象
また、おそらく湘南電気鉄道時代は客席と運転席の仕切り方が違っていたためか、乗務員室内にその仕切り板が残っていた。ここからも、この車両が激動の時代を生き抜いた証を垣間見ることができる。
写真左奥に湘南電気鉄道時代の運転席との仕切り板が残っている
「デハ230形」になってからは客室と乗務員室が明確に分断されたようだ
お次は客室!青色の座席、木造の車内、そして板張りの床と暖色の照明が、非常にレトロで暖かみのある車内を演出してくれている。天井を見ると、これまた珍しくなった扇風機もついているぞ!
妻面から見た全体像。レトロな雰囲気はインスタ映えしそう!
窓が多く、開放感がある
片開きの乗降ドアも、昭和の京急ならでは
片側に2つしかドアがないので座席が長~い!
扇風機も今では貴重な存在だ
また、網棚の網も新品に張り替えられていた。最近は網棚というよりしっかりとした「荷物棚」の印象があるため、「網」にも格別の懐かしさがある。細かいところだが、ぜひ実際の公開時には見てもらいたい。
網棚の網は新品に張り替えられた
昔の銀座線に乗り入れようとしていたデハ230形
ところでこの車両、2つドアだからか車体が少々小さい。現在の京急車両は1両の全長が18メートルなのに対して、デハ230形は1両の全長が16メートルと、2メートルほど短いのだ。
全体像をもう一度。あまり離れてないのに端から端まで収まってしまった
現在の京急車両は1両約18メートル(金沢文庫駅~金沢八景駅間にて撮影)
さらに、ドアステップが若干外側にせり出しているという特徴も見られる。でも最近の電車はここまでステップが出っ張っていないのだ。どうして?
デハ230形はステップがせり出している
今でこそ信じられない話だが、この車両がデ1形として製造された時、なんと地下鉄に乗り入れる構想があった!
京急電鉄公式サイト内「京急歴史館」には、当時の京浜電気鉄道が東京地下鉄道(現在の東京メトロ銀座線の一部)と共同で「京浜地下鉄道」という会社が設立されたことにその姿勢がうかがえる。
地下鉄の車体は小さく、短めの長さで設計されていたため、デ1形も地下鉄に合わせた大きさで設計されたようだ。しかしそうすると電車とホームに大きな隙間が空いてしまうため、乗降しやすさを考慮してドアステップをせり出すように造ったと思われる。
結局地下鉄との乗り入れは実現しなかったが、当時の湘南電気鉄道は地下鉄と郊外の両方に対応した車両設計をするほど、意欲的だったということではないだろうか?
いつ動き出してもおかしくない姿に!
一通りの車両見学を終えたところで、最後に大師線の行き先表示を掲げた姿を撮影![京浜川崎~川崎大師 小島新田]と掲げたその姿は、もはや今から大師線を走っても他の車両に見劣りしないほど。しかし、これはあくまで静態保存車なので、残念だが動くことはない・・・。
もう走ることはないが、この姿で実際に走っても何らおかしくない
当時使われていた行き先表示。「京急川崎」ではなく「京浜川崎」なのがポイント!
これからのデハ236号
京急電鉄によると、デハ236号は今後、総合車両製作所からみなとみらいの新社屋に輸送することになっている。だがいつ新社屋に運び込まれるのかは保安上の理由で公表できないのだそう。車両を輸送する際にも安全第一で行うとのことなので、我々は、デハ236号の輸送が無事に終わることを祈るのみだ。
総合車両製作所内は撮影禁止
最後にもう一つだけ注意しておきたいことがある。今回デハ236号報道公開の会場となった総合車両製作所は、基本的に撮影禁止だ。
製作所内では、まだ世に出ていない車両が製造され、各鉄道会社に送られるのを待っている。もしそれらの車両が公になる前に情報を漏らされてしまえば、大きな問題になってしまうことは避けられない。誰だって、自分の秘密を勝手にバラされたら良い思いをしないはずだ。
もし歩いていてそばを通りかかってもカメラを向けることはせず、頭の中にそっと留めておこう。
取材を終えて
デハ230形・デハ236号は、京急に戻ってきた段階では車体の劣化が目立っていたが、約2年で新車と見間違えるほどの変化を遂げていた!京急ならではの赤いボディに白いラインはもちろんのこと、青いシートや木の暖かみを感じる車内、そして天井近くまで伸びる窓などは、最新の車両とは違った趣を感じる。わたしも書籍やインターネットなどを通じてデハ230形を知ってはいたが、今回実物を見た感動は、予想をはるかに超えていた。そんな名車をこれからはミュージアムで楽しむことができるようになる。
京急ミュージアム(仮称)のオープンは2019年度中だ。それまで楽しみに待っていよう。
-終わり-
取材協力
京浜急行電鉄株式会社
株式会社総合車両製作所
画像提供
高松琴平電気鉄道株式会社
三日坊主さん
2019年07月13日 00時48分
台車がショボいな~、と思いましたが元のに付け変えるんですね…安心しました。
すかたんさん
2019年06月15日 20時07分
ならば何度でも言います。逗子の601も一緒に復元展示して欲しい!http://hamarepo.com/story.php?story_id=6883
横浜小僧さん
2019年06月10日 13時27分
ガキの頃、当時住んでいた京浜蒲田の近くに当時住んでいた家があり、そのすぐ裏を穴森線の電車が走っていました。当時の穴森線の電車は腰までが紺色で、上部分がオレンジ色に塗られていて、出入り口のダァが三段窓でした。大師線よりも、穴森線で活躍していた記憶の方が色濃く残っています。