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本牧って昔はどんな感じだった?(前編)

本牧って昔はどんな感じだった?(前編)

ココがキニナル!

本牧が米軍に接収されていた時代と、今は悲しいマイカル本牧の輝いていた時代をプレイバックしてください。(中区太郎さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

米軍に接収されていた時代、本牧は彼らからさまざまな影響を受けた。前編として、経済復興やグループサウンズの歴史をお届けする。

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ライター:松崎 辰彦

ザ・ゴールデン・カップスの誕生



1960年代後半、日本にはグループサウンズ(以下、GS)ブームがわき起こり、若者はエレキギターに憧れた。そうした中、本牧のクラブ「ゴールンデンカップ」の専属バンドとして世に出たのがザ・ゴールデン・カップスだった。
 


本牧通りにある「ゴールデンカップ」


ザ・タイガース、テンプターズといったGSの主流の一つとして若者の支持を集め、『長い髪の少女』は35万枚のヒットを記録した。
 


 

ザ・ゴールデン・カップス(写真提供:アルタミラピクチャーズ)


長沢さんは、ザ・ゴールデン・カップスに、少しだけ個人的な思い出がある。
「ベースのルイズルイス加部は、私の中学の一年後輩です。私の友達の友達で、心優しい男でした。理科が好きで、先生から実験のおもしろさを吹き込まれて、実験を行うようになった。すると彼の友達も実験するようになり、その友達である私も影響を受けて化学の実験をするようになったのですが、それ以来私は化学のおもしろさにのめりこみ、それを職業とするまでになりました」
長沢さんは定年退職するまで、某大手企業で化学分析や半導体研究に従事した。
 


向かって一番右がルイズルイス加部(写真提供:アルタミラピクチャーズ)


「あのころの本牧の音楽文化は、地元の人たちより、東京から人がきて、盛り上げていました」と長沢さんは回想する。当時、本牧に遊んだ若者の独特の気風を物語るエピソードがある。教えてくれたのは中区歴史保存会会長の大谷卓雄さん。
 


大谷卓雄さん


「石原裕次郎がゴールデンカップに遊びにきたことがあるんです。人が大勢いたし、彼が裕次郎であることにみな気づいたのですが、誰も彼にサインをねだろうとしなかった。そのくらいゴールデンカップの客は気位が高かったんです」
大スターも戸惑ったであろうか。大谷さんはいう。
「当時は、東京より本牧の芸能人のほうが勢いがありました」
 


大谷さん(中央)とザ・ゴールデン・カップスのデイヴ平尾(右・故人)
(写真提供:大谷卓雄)


こうしたさまざまな影響を残した米軍住宅も、1982(昭和57)年に土地が返還される。そのときの式典を、大谷さんはビデオ撮影して現在はYoutubeで公開している。
 


本牧海浜住宅地区等返還式 1982(昭和57)年
(横浜市史資料室所蔵広報課写真資料)
 

米海軍横須賀基地司令官シンプソン大佐(手前)と横浜防衛施設局の根本局長による調印
(写真提供:大谷卓雄)
 

星条旗に替わって日章旗が掲げられる
(写真提供:大谷卓雄)


残った広大な土地を巡り、横浜市は新しい街づくりという課題に直面することになるのである。



取材を終えて



かつては横浜村同様、漁村として人々の生活の場であった本牧は、戦争を経て米軍の住宅地接収という事態に直面し、隣り合った人間の体臭が移るようにアメリカ文化を摂取した特殊な地域である。

横浜は、外的な侵入物が東京に入らないよう、防波堤の役割を果たすことが多いと長沢さんはいう。しかし横浜は、そうした役割をむしろ歓迎し、最先端の文化を造りあげてきた歴史をもっている。そうした中で本牧を考えるとき、かつては漁師村だったこの地に、GSのエレキギターが鳴り響いたのも理解できないことではない。当時の本牧は、日本でありながら日本ではなかった。

米軍が去り、残された土地に新たな計画がもたらされた。それはバブルに開花し、やがて消えた。後編では、マイカル本牧が登場した時代に密着して、見ていきたい。


―終わり―


<参考文献>
『季刊誌 横濱』2006年春号 神奈川新聞社
『本牧 本牧波瀾の100年』 横浜市中図書館
『本牧のあゆみ』編集/本牧のあゆみ研究会(協力/横浜市都市計画局開発部新本牧開発室) 発行/新本牧地区開発促進協議会事業部


取材協力>
大谷不動産
http://otani-b.blogspot.jp/

ポニーキャニオンからお知らせ
「ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム」DVD発売中!
監督:サン・マー・メン 製作:アルタミラピクチャーズ
発売元:ポニーキャニオン
 


2005 ALTAMIRA PICTURES,INC.

 

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  • 1955年頃の記憶です。本牧PX建物に隣接してボーリング場がありました、ビンは紐がついており、倒れたピンをラックに入れて並べる、裏側で日本人学生がアルバイトでこの作業してました。px写真向かって右側の建物です。懐かしい写真拝見いたしました、ありがとうございます。

  • 86歳になる母は本牧出身だったようです。TBSの元アナウンサー、鈴木さんが同級生だったとのことです。

  • 中学生のときまだ本牧にPXとかあったし芝生の別世界も広がってました。自転車に乗り石畳をフェンスに沿って走り本牧市民公園のプールに通うのが本当に楽しみでした。うちは市民プールまで自転車で片道1時間でしたが本牧の異世界風景が大好きだったんで良く通いました。いろいろあるんでしょうけどマイカルの廃墟を見るとあの頃の本牧の方が良かったななんて思ってしまいます。

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