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みんなのキニナル

    毎日横浜公園でおもちゃを用意してくれたり、子供と遊んでくれるおじさんがいるのですが、キニナリます。子供に危害が加える人ではないですし、非常に助かっているので感謝していますが、素性を知りたいです。

    中居屋さん

    Instagramで「元町ラバーズ」と言う名前で横浜元町を紹介しているのをよく見かけます。いろんなイベントやお店を紹介してるのですが一度はまれぽさんも取材拒否してもらいたいなぁと思いました。双方向コラ...

    bachplayerさん

    先日、桜木町から新港地区へのロープウェイが計画されているという報道が出ましたね。その報道の中で、以前に報じられた横浜駅東口から山下公園へのロープウェイも協議中であるとの話がありましたが、こちらの進捗状...

    ねこまんさん

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横浜のココがキニナル!

京急富岡駅は「湘南富岡」の駅名で開業当初は今の場所にあり、戦時中に一時営業を停止。昭和22年に移動、8年後に再び元の場所に移転し現在の場所に。移転を繰り返した理由は?(ねこぼくさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

海水浴客の利用を見込んで「湘南富岡駅」が作られ空襲で焼失。戦後米軍の希望で移転、昭和30年に地域住民の利用に不便だったため現在の場所へ

ライター:橘 アリー (2014年04月09日)

住宅地にある、地味な駅!

「京急富岡駅」と言うと、各駅電車しか停まらない、ちょっと地味なイメージの駅。
そんな「京急富岡駅」に、“移転を繰り返していた”“駅名が変った”という経緯があるとなると、確かにキニナルものだ。
まずは、現在の駅の様子を確認してみることに。
 


現在の「京急富岡駅」の全景。駅舎にも派手な様子はない

 
駅前には、スーパーマーケット、タクシーやバスの乗り場などがあるが、こぢんまりとしていて、静かでのんびりした雰囲気が漂っている。
 


駅前通りの様子。朝夕は混雑するのだろうが、日中は静かだ
 

プラットホームも、いたってシンプルな様子である
 

見晴らしの良いホームからの眺めにも、長閑な雰囲気がする

 
現在の「京急富岡駅」の様子が分かったところで、京浜急行や金沢区の歴史が書かれている資料をもとに、投稿にあった「湘南富岡」という駅名と駅の場所の移り変わりを確認してみることに。



「湘南富岡駅」は三代目まであった!?
 


参考にした資料の一部

 
内容をまとめると、下記のような経緯がわかった。
 

 
ここで富岡の前についている「湘南」という名前は「湘南電気鉄道」の駅であるため。「湘南富岡駅」という駅名は三代目まで使われていた。

まずは、初代の駅ができるきっかけとなった富岡の海水浴場について、地元の歴史に詳しい方にお話を伺った。



海水浴発祥の碑がある!?

お話を聞かせてくださったのは、NPO法人横濱金澤シティガイド協会、理事長の廣田保(ひろたたもつ)さん。
廣田さんには、以前にも「六浦藩」についての調査などでお世話になっている。
 


廣田保さん

 
廣田さんによると、富岡の海水浴の歴史は「湘南富岡駅」が作られた昭和初期よりも古く、横浜開港期の1877(明治10)年ごろのことであるそうだ。
開港後、居留地に住む外国人が金沢区に海水浴に来たのが始まり。しかし、当時は海で泳ぐことが目的の「海水浴」と呼ばれておらず、 塩分を多く含む海水につかって健康をうながす「潮湯治(しおとうじ)」というものであった。
 
そして、その「塩湯治」を推奨したのが、日本初の和英辞典を編纂(へんさん)したヘボン博士であるともいわれているそうだ。
 


明治時代の富岡の海水浴場の様子(廣田さんの資料より)

 
現在、海水浴場があった金沢区富岡東4丁目は埋め立てられ富岡八幡公園になっている。
 


富岡八幡公園の全景

 
そこには、富岡漁港があったと記されている「記念碑」と「海水浴発祥 宮の前海岸跡」という碑が建てられている。
 


記念碑の様子
 

「海水浴発祥 宮の前海岸跡」の碑の様子

 
公園の中は松並木があり、どことなく、海があった雰囲気が漂っている。

 


公園の中の様子

 
そして、ここで二代目の「湘南富岡駅」の場所が現在の「鳥見塚(とりみづか)バス停」近辺だということなので、地図で場所を教えてくださった。
 


赤丸で囲んだ近辺が二代目の「湘南富岡駅」があった場所

 
地図を頼りに、現地へ行ってみることに。


二代目「湘南富岡駅」があった場所の様子は?


二代目「湘南富岡駅」があった「鳥見塚バス停」近辺へは、「京急富岡駅」から「杉田駅」方面へ国道16号線を京浜急行の線路沿いに進んで行く。
 


写真後方の陸橋の辺りに「鳥見塚バス停」がある
 

「鳥見塚バス停」近辺の様子

 
バス停の後方の京浜急行の線路脇に、コンクリートでできた壁の囲いがあり、どことなく駅があったような雰囲気があるが、これは駅の名残りなのだろうか。
 


線路の下には、道路の反対側へ向かう歩道がある

 
これも駅があった名残りなのか、と周辺を確認してみると、線路下のトンネル部分にプレートがあり、そこには1981(昭和56)年に作られたものであると記されていた。二代目「湘南富岡駅」があったのは1955(昭和30)年まで。年代が違うのでこれは名残りではないと分かる。
 


プレートの様子

 
それでも、駅があった場所に、関係がないとしてもどことなく駅があったような雰囲気が残っているのが面白い。
 


反対側から見ても、上に古く小さい駅のプラットホームがあるように見えてしまう
 

上から見たら、線路しかなかった

 
ここで詳しく当時の様子を知りたいと思い、「京急富岡駅」周辺でご存じの方を探してみた。
すると、駅前の通りで90年営業されているという理髪店があり、そこのご主人に、近くにある慶珊寺(けいさんじ)のご住職がご存じなのではないか、と教えてくださった。
 


理髪店三代目のご主人の吉田行夫さん

 
そこで、さっそく、慶珊寺へ行ってお話を伺った。

慶珊寺のご住職に「湘南富岡駅」の変遷について伺いました
 

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