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80年以上の歴史がある「横浜三塔」のひとつ、「横浜税関」の看板に誤字があるって本当?

ココがキニナル!

横浜の旧漢字「横濱」はよく見かけますが、横浜税関正面にある看板には、「横濵」となっており、浜の旧漢字が「ウ冠の下が眉」。どちらが正しい地名?(Bayside Breezeさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

「横濱」も「横濵」も正しい表記である。時代をはじめ、毛筆か活版かによって漢字表記や字体が違うために差が生まれた。

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ライター:三輪 大輔

高橋是清と横浜税関の関係とは?


昭和8年に帰ろう――

戦後、復興のスローガンとして1933(昭和8)年を回顧する言葉が叫ばれた。1933年当時、好況を誇っていた日本経済。その中心に高橋是清がいた。彼は 1931(昭和6)年12月から1934(昭和9)年7月にかけて、犬養毅・斎藤実内閣で大蔵大臣、そして同年11月からは岡田啓介内閣で再び大蔵大臣と なっている。この間、日本の実質経済成長率は7.2%、インフレ率は2%であった。戦後、陸軍大将であった宇垣一成(うがき・かずしげ)も「当時の日本の 勢といふものは産業も着々と興り、貿易では世界を圧倒する」と語っている。

こうした時代に3代目となる横浜税関の庁舎も完成している。横浜税関庁舎は初代が1873(明治4)~1883(明治16)年まで、現在の神奈川県庁の辺りにあり、2代目が1885(明治18)年~1923(大正12)年まで日本大通りの突き当たりに建っていた。そして関東大震災で焼失した2代目の代わりに、1934(昭和9)年に現在の庁舎が完成する。
 


完成当時の3代目横浜税関の建物


3 代目の工事着工時の1932(昭和7)年、高橋是清は大蔵大臣として「時局匡救(きゅうきゅう)事業」を行っている。1933年には好況を迎えた日本経済 であったが、その前までは世界恐慌の影響を受け「昭和恐慌」に陥っていた。その不況からの脱却で中心的な活躍をしたのも高橋是清である。

低金利政策やマネーサプライ(貨幣供給量)を増加させる政策などで、デフレに陥っていた日本経済にメスを入れる。また為替相場を安定させるため金輸出を禁止して、輸出産業を潤し景気回復を促した。こうした政策の1つに、公共事業で地方自治体を助ける「時局匡救」があり、横浜税関新庁舎の工事も着工される。

当時、横浜港は日本における重要な港であり、1920年代から全国の港の輸出入で占める割合が25%前後で推移している。その分、横浜税関への期待も高かったであろうことは想像に難くない。
 


横浜税関に残る横浜港の輸出入の記録


工事期間中の1932(昭和7)年12月17日の『横浜貿易新報』には、横浜税関の職員にボーナスが支給される記事が掲載された。不景気の中で、横浜税関から市内経済が回復の兆しを見せる様子を伝えている。
 
3代目の横浜税関は1年2ヶ月という早さで完成。同じ『横浜貿易新報』が「震災後十年、官庁復興の殿を承った横浜税関待望の新庁舎」と伝えるなど、新庁舎完成に対する喜びの高さを伺い知ることができる。
 


現在も現役である3代目の横浜税関


また完成式典も錚々(そうそう)たるもので、横浜内外を上げた盛大な落成式であったそうだ。列席者は1500名ほどあり、大蔵・拓務・逓信の各大臣をはじめ、神奈川県知事や横浜市長の祝辞もあった。
 


式典に集まる列席者の様子(資料提供:横浜税関)
 

各界の著名人も列席し盛大な式の様子が分かる(資料提供:横浜税関)


この式に高橋是清も祝辞を送っている。下記の写真は大蔵大臣祝辞の様子であるが、実際に読み上げているのが高橋是清であるかどうかは定かではない。
  


落成式の大蔵大臣祝辞のシーン(資料提供:横浜税関)


さておき大蔵大臣であった事実に加え、世界的な不況からの脱却と、その貿易復興の象徴となる税関の完成である。横浜税関は是清自身と深く関わる要素がある。 また自身の飛躍のきっかけとなる影響も、数多く得た横浜の地だ。こうした事実からも「横濵税関」の看板の文字は高橋是清によって書かれた可能性が高い。
  


横浜税関正面で撮影された記念写真。右手には『横濵税関』の看板(資料提供:横浜税関)
 

それでは、なぜ旧字では『濱』となるはずなのに『濵』の字を使用したのだろうか。最後にその謎について解明していきたい。



「濵」の謎に迫る!



「文字は意思伝達の道具として、時代によって変化を見せています」と語るのは、大東文化大学の文学部中国学科教授である中林史郎(なかばやし・しろう)教授だ。

そもそも現在、私たちが日常的に使用している漢字のベースになっているのは1981(昭和56)年に告示された「常用漢字表」である。そして、その大本を辿ると1946(昭和21)年11月16日に内閣告示された「当用漢字表」にたどりつく。
 


東京都板橋区にある大東文化大学のキャンパス


この前書きには「この表は、法令・公用文書・新聞・雑誌および一般社会で、使用する漢字の範囲を示したものである」「今日の国民生活の上で、漢字の制限があまり無理がなく行われることをめやすとして選んだものである」などの記載がある。それまでどんな漢字でも使用可能であったが、日常で使用する漢字の範囲が制限されることになったのだ。使用できる漢字の数は1850字である。

また字体に関しても、それ以前は中国の『康煕字典(こうきじてん)』に則った字体が使用されていたが、字画が多かったり、字体が複雑だったりする漢字は簡略化される。こうして横浜の浜の字も『濱』から『浜』へ変更となった。
 


当用漢字表全体で131文字の簡易漢字が記されている
 

そして1949(昭和24)年には、印刷字体と筆写字体をできるだけ近づける目的で「当用漢字字体表」も内閣告示される。当時、活版印刷であったため、印刷字体は掘りやすさが求められており、筆写体は書きやすさが重視されていた。

「当用漢字字体表」が告示されたことからも分かるように、筆写体に関しては独自のルールが存在しているのだ。旧字体である「濱」も例外ではなく、『濵』や 『ハマ(濵の中線を無くした時)』などの文字がある。こうした文字は異体と呼ばれ、時期や観点の違いによって俗字・略字・旧字体・新字体など複数の呼称 があるそうだ。
 


是清にとってはこの字が書きやすかったのだろうか


「漢字は、ほかの文字に比べて本質的な部分で変化がない文字です。1つの漢字の成り立ちを、2000年前までさかのぼってたどることもできます。それくらい時代によって使われている字体が変化しているということでもあるのです」と中林教授も語る。

現在は「浜」と書かれる漢字も多くの変遷をたどって、現在の形になっている。現に横浜の街を歩くと「濵」の字に出くわすシーンも多い。横浜税関が完成した1934年より前には、俗字として「濵」が多く使われていたようだ
  


横浜中華街に置かれている看板にも「濵」の字が
 

同じく横浜中華街にある学校にも「濵」の字が使われている
 

あの崎陽軒のパッケージにも「濵」の字を確認


私たちの世代では「浜」の字が正確な文字として使用されているが、それはあくまでも国によって規定された結果に過ぎない。時代が変われば、また新しい文字が登場し、新しい常識が形成されている可能性もあるのだ。

ちなみに「当用漢字表」は1946(昭和21)年11月16日に告示された。そこから13日さかのぼった1946年11月3日には、日本国憲法が公布されている。実は「当用漢字表」は、日本国憲法が読めるように、憲法内で使用された漢字を取り入れているといわれているのだ。

もし高橋是清が二・二六事件で凶行に遭わなかったら、軍部の暴走がなかったかもしれない。そうすると戦争も起きず、日本国憲法や当用漢字表も違った内容になっていただろう。歴史だけでなく漢字の変遷も、時代や社会に翻弄されるものなのである。



取材を終えて



今回の調査にあたって、横浜税関の職員の方に多大なご協力をいただいた。資料が残されていない中で、多くの文献にあたっていただき、OBの方へのインタビューも行っていただいた。俗字に関しても「税関のOBにも話を聞いてみたのですが」と言って、なんと1930(昭和5年)3月20日に発行された辞書までたどってくれたのだ。
 


OBの方から教えてもらったという古い辞書


こうしたご協力をいただいた横浜税関の職員の方に改めて御礼を述べたい。ありがとうございました。


―終わり―
  

参考文献
『横浜税関百二十年史』
『現代漢字の世界』
『現代日本の異字体』
『実用毛筆三体辞典』
『高橋是清 日本のケインズ―その生涯と思想』
『大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清』

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  • 多くの方の協力のもと、取材していただきまして、ありがとうございました。おかげさまで、漢字だけでなく、歴史まで知ることができました。またキニナルことがありましたら、投稿させていただくとともに、他の方のキニナルも楽しく拝見させていただきます。

  • 古季を訪ねて新し季を知る。たかが漢字から時代の扉を開けてくれた感じがしました。

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