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鎌倉時代に活躍した武将たちの熱い思いに触れる旅、はま旅Vol.111「南万騎が原」編

ココがキニナル!

横浜市全駅全下車の「はま旅」第111回は、相鉄いずみ野線「南万騎が原」の旅。鎌倉時代に活躍した武将たちの熱い思いに触れた。

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ライター:ナリタノゾミ

丁寧に作るからこそ。1日限定5食のコーヒーゼリー

「重忠遺烈碑」を目指す途中で、昭和30年代に建てられたという商業施設に行き着いた。

この商業施設を中心に、「万騎が原中央商店街」が形成されている。
なお、同商店街は二俣川編でも軽く触れられている。
 


万騎が原中央商店街


「ここ一帯が開発される以前は、セブンイレブン前の交差点付近に塚があったそうですよ。この街に古くから住む常連さんが教えてくれました」
万騎が原の歴史散策をしている旨を伝えると、同商店街で喫茶店「昭和堂」(万騎が原34-1)を経営している畑中さんはそんな話をしてくれた。
 


シャッターの下りた店舗が多い中、元気に営業している喫茶店「昭和堂」があった
 

「昭和堂」の店主・畑中さん。ご夫婦で店を切り盛りしている


同店が提供する特製のコーヒーゼリー(550円)は、1日限定5食。
店舗前の看板に記載された「限定」の文言に引き寄せられ、思わず店の扉を開けた。

抽出後、急速に進むコーヒーの酸化。酸化による酸味が生じないうちに、できるだけ早く調理を終わらせなくてはいけないため、作ることのできる数は限られてくる。「この行程を守る限り、現在のところ1日5食が限界ですね」と話す。
 


特製コーヒーゼリー。歯ごたえやシロップの絡みやすい厚さ・形状にまで配慮している


「どこまでも手作りにこだわりたい」という畑中さん。コーヒーゼリーにかけるシロップもお手製だ。「沖縄の上赤糖と呼ばれるコクのある砂糖を、グツグツ煮て作った」というシロップを、「これでもかというくらい、たっぷりかけるのがオススメ」とのこと。
 


上赤糖のシロップ、ブランデー、ミルクをたっぷりかける


凝縮されたコーヒーの旨味とシロップのふくよかな甘さが、口いっぱいに広がる。ブランデーの香りがアクセントだ。
幼少期に食べたコーヒーゼリーとは一味違う、洗練された大人の味。畑中さんの手間を惜しまない情熱が、さらに魅力を引き立てている。
老若男女問わず、ファンがいるというから納得できる。



4時間にわたる激戦が繰り広げられた古戦場

「昭和堂」を後にし、「重忠遺烈碑」を求めてさまよっていると、古くからこの街に住んでいるという女性が助けてくれた。
「ああ! 重忠公にまつわる碑ね。それならこっちよ」と、慣れた様子だ。
 


「おねえさん、そっちじゃないわ! こっちよ」と、山崎さん(仮名)


団地群の一角に設けられた三角地帯まで来ると、そこには、地蔵や慰霊碑、道しるべなどの石塔が並び、厳かな空気が漂っている。
女性にお礼を告げて別れた。
 


石塔の建つ一帯。近付きがたい雰囲気の一角だ


畠山重忠がこの地で滅ぼされたのは、1205(元久2)年。
重忠は、秩父一族・畠山重能の嫡男で、菅谷(現・埼玉県比企郡嵐山町)に居城を構え、源頼朝の重臣として仕えていた。
母は鎌倉幕府の創建に尽力した三浦一族の出で、妻は北条時政の娘(北条政子の妹)であった。

質実剛健でいながら、義経の妾・静が鶴岡八幡宮に舞を奉納したときに銅拍子を打つなど、音楽的才能にも恵まれていた。文武両道で人望にも厚かったという。
 


重忠遺烈碑。1892(明治25)年に建立


そんな重忠をよく思わなかった北条時政は、重忠の息子・重保を謀殺したうえ、重忠をこの地におびき寄せると、3万騎あまりの軍勢で要撃した。
北条勢の兵力に対して、重忠の兵は134騎(「旭区郷土史」旭区郷土史刊行委員会編)。
激戦は4時間にも及び、遂に一本の矢が重忠の身体を貫いた。

この場所は、無念の死を遂げた畠山一族を慰める場所として守られている。
 


1959(昭和34)年に建立された畠山地蔵尊
 

道しるべ塔。建立時期は不明(左)。右は1792(寛政4)年に建立


1959(昭和34)年に建立された慰霊碑は、昭和30年代の開発の際に、周辺の地中から発見された無縁仏と、この地で滅ぼされた畠山一族の精霊を慰めるために建立されたものだ(慰霊碑案内文より)。
 


1959(昭和34)年に建立された慰霊碑


なお、畠山重忠にまつわる、鶴ヶ峰の「畠山重忠公終焉の地」や「首塚」などについては、過去の記事を参照してほしい。



取材を終えて

閑静な住宅街の広がる万騎が原一帯。ここから鶴ヶ峰にかけて、かつて古戦場だった証が数多く点在する。
その一つ一つの由縁を追っていくと、鎌倉時代に活躍した武将たちの熱い思いが物語として浮き上がってくるから興味深い。
 


小高い丘から古戦場となった大地を望む


42歳で無念の死を遂げたとされる畠山重忠公であるが、この土地の人々から語られることによって、彼の存在は生き続けるのだろう。


■今回のはま旅「南万騎が原」周辺

・「靴のスタンダード」旭区柏町35-7
・「武相堺道」旭区大池町(横浜市こども自然公園青少年野外活動センター脇)
・「昭和堂」旭区万騎が原34-1
・「重忠遺烈碑」旭区万騎が原39


―終わり―
 

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  • ただただ懐かしき場所です。産まれたのはさちが丘の澤路荘というアパートで、そこから下部には大きなマンションが立ち並んですっなり変わりましたね。青少年広場では父親に自転車乗りを手伝ってもらいました。キャンプファイアーでの豚汁、ラジオ体操…富士見商店街、スワン美容室、大田医院…万騎が原商店街もかつては活気ある場所で、ロワールケーキ店では誕生日にはいつも母と並んでいたものでした。万騎中も、随分変わりましたね。今は亡き父母との思い出が詰まる、心のふるさとです。

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