ログイン/会員登録

こんにちは、ゲストさん。

ログイン/会員登録する

ログインすると、すべてのコンテンツを
ご利用いただけます。

横浜DeNAベイスターズ全力応援企画
横浜に根ざした舞台を中心に活動する、五大路子さんを徹底解剖!
イベントカレンダー2017年9月

Question みんなのキニナル投稿

投稿の中から、はまれぽ編集部もキニナルことを調査してお答えします!
ぜひ投稿してみてね。(200文字まで)

投稿はこちらから

みんなのキニナル

    はまれぽの「横浜コック宝」でも取り上げられた、吉田町(正確には福富町仲通)の老舗洋食店レストランタマガワさんが今月9月末日で閉店されるそうです。閉店される経緯をぜひ取材してください。

    じばわんさん

    横浜駅髙島屋・ジョイナス周辺に、昔からディラン(なだぎ武が真似しているビバヒルのキャラ)のような恰好をしたおじいさんがよく歩いています。メリーさんがいた頃ともかぶっているので、少なくとも30年以上前か...

    Dixhuitさん

    ”新百合ヶ丘駅周辺に牛丼やお弁当チェーン店が一件も無いこと”が謎です。駅周辺に牛丼屋などを作らせないようルールがあるという噂を聞きましたが、裏付けるような情報はネットに載っていません。新百合ヶ丘とよく...

    pacificaさん

もっと見る

あなたはどう思う?

過去のアンケート結果はこちら

横浜駅に乗り入れている好きな鉄道路線って何?

京浜急行線
JR京浜東北線
JR東海道線
JR横須賀線
相模鉄道線
東急東横線
横浜高速鉄道みなとみらい線
横浜市営地下鉄ブルーライン

投票せずに結果を閲覧

アクセスランキング

ジャンル
1位
「入ってはいけない」中華街食べ放題はこんな店! 経営者が覆面座談会で中華街の裏事情を告白!
2位
川崎駅前に九龍城?!ウェアハウス川崎店ってどんなところ?
3位
高さ1.2メートルのガードを発見! 低いガードがあるという噂の南武線に突撃!
4位
航空写真に写る米軍施設から伸びる謎の軌道とは?
5位
【フォトれぽ】横浜ベイサイドマリーナで今年も熱狂! 「タモリカップ2017年」潜入レポート!
6位
何かと話題の『セシルのもくろみ』も! ストーリーも終盤、横浜のロケ地巡り2017年夏ドラマ編vol.2
7位
横浜初で噂ゼロ? 横浜駅西口エリアにひっそりと存在する謎の「ハリネズミ専門店」でチクッと体験!?
8位
【I☆DB】ファンに「一目置かれる」シブいユニホームって誰だ?
9位
人気作家原作のドラマも! ストーリーも終盤、横浜のロケ地巡り2017年夏ドラマ編
10位
フリルの水着を素敵に着こなす癒し系美女が登場! ビーチで発見!キニナル水着女子2017【江の島海岸編 第3弾】
11位
【I☆DB】川崎球場時代からのファンも!? オールドファン&熱狂的なファンに突撃!
12位
鮮やかなブルーの水着をまとうスレンダー美女が登場! ビーチで発見!キニナル水着女子2017【総集編】
13位
【I☆DB】全力応援企画! 横浜DeNAベイスターズ、19年ぶり日本一への道!
14位
中世の名残を求めて、鎌倉街道を踏破 ー中の道を離れて弘明寺道を歩く 前編ー
15位
【編集部厳選】オトナの自由研究してみませんか?
16位
【フォトれぽ】横浜赤レンガ倉庫で行われている「横浜グルメンタ」をレポート!
17位
運転免許試験場の周辺で営業している「裏校」。どうやって試験問題を入手してるの!?
18位
伊勢佐木町が大プッシュ! 「ヨコハマメリー」から11年、『禅と骨』公開中!
19位
川崎堀之内の「ちょんの間」、摘発前の様子は?
20位
横浜に安くて感じのよいラブホはあるのか?
21位
中世の名残を求めて、鎌倉街道を踏破 ー中の道を離れて弘明寺道を歩く 後編ー
22位
末吉町の街角に佇む売春婦、その後はどうなった?
23位
横浜駅のベストな待ち合わせスポットはどこ?
24位
【はまれぽ名作選】桜木町に「人間性回復のチャンス」という看板が!これは何?
25位
【編集部厳選】暗号? デザイン? それとも秘密のなにか? 街で見かける不思議なアレ!
26位
横浜市内に点在する変な名前のお店を特集して!
27位
【I☆DB】ベイ戦士に思い出してほしい! あの試合あの場面!
28位
黄金町の『ちょんの間』ってどうなったの?
29位
関内のSMバー「非日常への入口」へ突撃!
30位
【I☆DB】仕事中もバレずに横浜DeNAベイスターズの試合経過が分かるって本当?
横浜人にインタビュー
教えて○○さん!
はまれぽの記事がアプリでサクサク読める!! はまれぽアプリリリース!!

横浜のココがキニナル!

横浜市にはかつて、乞食谷戸と呼ばれた大規模なスラムがあったようですが、どんな人がどんな暮らしをしていたのでしょうか。また、今ではどのような街になっているのでしょうか。(みうけんさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

明治のころ横浜にやって来た浮浪者がこの南太田周辺に住み、紙くず拾いを始めた。スラム街の状態になったため、公団などにより住居が整備された

ライター:小方 サダオ (2014年11月22日)

くず拾いの仕事と関わる人たちに話を伺う
  
まずは今でも回収業を続けられている、S・Aさんに話を伺った。

「私の祖父の代から鉄くずなどの回収業をしていました。以前は仕事がありました。紙やボロキレや缶など、何でも売れたのです。また家を解体しても材木からクギからほとんど再利用できて捨てる所がないため、ゴミは少ししか残りませんでした。今では使い捨ての感覚なので、再利用しようという人は少ないです」
 


S・Aさんの自宅の周辺

 
「私の祖父は弥平(やへい)といいました。私の生まれた年あたりに亡くなりましたが、父から祖父の話はよく聞かされました。回収業の問屋の仕事をしていて、周囲に数軒の家を持ち、回収業をする人達にタダ同然で住まわせていました。家と言っても小屋のようなものでしたが・・・。おととしも祖父が別荘のように使っていた、1924(大正13)年から建っている家を壊しました。基礎がなく、地面の上にのっているだけでしたが、90年以上建ちつづけていたのには驚きました」
 


S・Aさんの祖父の葬式の様子を撮った写真


祖父は人が良くてよく保証人になっていたので、損してばかりだったそうです。以前も家の中から"段ボール箱いっぱいの判の押された借用書の山"を発見しました。苦労した人なので"苦しい時はお互い様"の気持ちを持っていたようです。そのせいか祖父の葬式は花輪の並ぶ盛大なものでした。人から好かれていたようで、祖父のことをこのあたりの人に聞くと悪く言う人はいませんでした。
 


横濱繁盛記には「住民は貯蓄をし杉山神社の祭礼の費用にあて大騒ぎをする」とある


「鉄くず回収に関しては、朝鮮戦争の時は“買い出し”という、鉄くずを買って集めてくる人たちが正月休みもないほどいて忙しかったです。リアカー数十台でリュックサックを背負って出かけていきました。オート三輪を使っている人もいました。そしてここに集まった鉄くずを鶴見の方から、今では大きくなった飯島商店などのお店が回収に来るのです。そこで四角くプレスをされて売られてゆきます」

「1965(昭和40)年過ぎから仕事がなくなり始めました。また1955(昭和30)年ごろから環境事業局というゴミ収集車の乗務員などの仕事が来るようになり、この谷戸からもその仕事をする人が増え始めました。市の仕事だったので、昇級した人は今では立派な家を建てて、それを自慢しに来る人もいるほどです」
 


地元の有力者・長谷川さんの住んでいたあたり

 
「ところで、このあたりの有名人だと、1950(昭和25)年ごろですが、この家の裏に長谷川さんという人がいました。字が書けないような人なのですが、談合をまとめたりする仕事をしていました。男気のある親分気質で、当時の市会議員などは頭が上がらなかったそうです。暴力団などにも顔が利いたそうです。普通の住宅住まいでしたが、土地をたくさん持っていました。恰幅が良く着物姿で、運転手付きの高級車に乗っていました。市の仕事の入札時などに、間に入り仕切る仕事をしていました。役人たちも彼の押しの強さに委縮して任せてしまうようです」と話を聞かせてくれた。
                           
つぎに谷戸の入り口あたりに建つ、数棟並んだ平屋建ての一軒の住人Sさんに話を聞いた。

「俺は1954(昭和29)年ごろ九州から来たんだけど、この家の娘と結婚したんだ。その当時60代の義理の母が鉄くずを回収する仕事をしていたよ。自前のリヤカーで、毎日朝早くから夕方6時ごろまで、お得意様を回って電線コードなどのような鉄くずを買って歩いていた。杉田のあたりまで行っていたそうだね」とのこと。
 


点在する平屋建て住宅の一つ

 
さらに谷戸の中ほどに住む、T・Iさんに話を伺った。

「私の家族は1931(昭和6)年に東京から来てこの地にたどりついたんだ。私は1941(昭和16)年生まれでここで育った。バラック住まいでね。仕事は紙くず拾いとか久保山墓地のあるお茶屋さんの草むしりとかその日その日の日雇いの仕事だった。通学路の途中に道の両側に同潤会アパートが建ち並んでて、うらやましいと思いながら見ていたよ」

「ここは乞食谷戸って呼ばれてて、たまにほかからやって来て『この辺に乞食谷戸はありますか?』なんて聞いて来るやつがいた。近所の大人が「もういっぺん言ってみろ! このやろう!」なんて怒鳴ると、逃げ帰って行ってたよ」と答えてくれた。
 


1955(昭和30)年ごろの同潤会アパートの様子

 
ここで『横濱繁盛記』にある一ノ瀬さんの話に移る。
「一ノ瀬栄吉さんはこの裏あたりに住んでいて、母と付き合いがあった。私も仕事の終わりに人夫を並ばせて日払いの給料を払っている光景を憶えてる。流れ者のような、明日もない人達の便宜を図ってあげるような仕事をする、人情と義侠心のある人だった」

「以前はこのあたりに池があって、それをつぶして製氷会社を建てるという話が持ち上がった。その時は一ノ瀬さんが頭になって、建設を進めた。その仕事をこの付近の住民に振ってくれたおかげで、私たちは経済的に助かったんだ」とのこと。
 


製氷工場があったあたり

 
再びくず拾いに話が戻る。

「鉄くず拾いは朝鮮戦争の時は景気が良くなった。この辺の子供は、大体小遣い稼ぎに鉄くずを拾っていたよ。工場の跡地なんかに行くと、整地された土地の泥が、鉄鋼を含んでいたりするんだ。それを“よなげ”というざるですくって、砂金採りのように川の中で振るんだ。すると重いから鉄を含んだものが残る。これを年上のお兄さんやおばさんたちは上手にやっていた」

「戦時中、この先の京急の鉄橋付近にB29が落ちたことがあった。『すごい地響きがした!』と言うんで、みんなで行ってみると、飛行機の残骸が散らばっていた。金属だからみんなしてあっという間にはがして持ち帰ったよ」

「私たちの近所の絆は固かったね。『持ってない人がみそを借りに来たら貸してあげて、こっちがない時は貸してもらう』・・・お互い様だよ。通り沿いには中野さんという、流れ者相手の安い木賃宿をやっている人がいた。子供が2人いたけどどちらも大学出にまで持っていったんだ。立派だよ」
 


快く取材に応じてくれたT・Iさん


「自分の仕事は車が好きだったからまずは整備士の仕事をした。そして免許を持っていたので、製氷会社でオート三輪に乗って氷を運んだ。そしてある日、氷を買いに来た清掃局の人のすすめで、市役所の清掃局の試験を受けた。ちょうどそのころ清掃局は、機動課をつくり、荷車で回収していたのを車で運ぶように切り替える時だった。数少ない免許を持っていたことが決め手だったのか、一発で受かり、18才の1959(昭和34)年から41年間勤めあげたよ」

「当時このあたりでは、『ペンキ屋じゃなきゃ男じゃない』なんて、私のような勤め人に対していきがっている風潮があったんだ。だけどその後安定性の違いで立場は逆転したけどね」
 


谷戸には今でも塗装の看板を掲げた家がある


私の親父はゴミ屋だったけど、自分の4人の子どもを立派に育てられたことに誇りを持ってる。1人は今では、狭き門である昇進試験に受かってある区役所の係長にまでなってるんだ。その子には『おまえはこの土地で生まれたということは“度胸がすわった人間”ってことなんだ。もし仕事場でインテリなんかに嫌がらせをされても本音でのぞめば負けることはないんだ』って言って聞かせてるんだ。今ではここで生まれてきて良かったなぁって思っているよ」と話を聞かせてくれた。

谷戸を離れる間際、ふと過去のこの町の姿を知らない、新しい住民はどのように感じているのかが気になった。真新しいお店を構える、O・Fさんに話を伺った。

「9年前からこの町に住み始め、このお店は昨年オープンしました。この町に来たときは、町内会長から『ここは下町だから静かですよ』と言われていた通りで、下町の雰囲気がして大通りから一本入っただけなのに静かだなぁと思いました。元町などより土地の値段が安いのでここでお店をオープンしました」のとこと。

ここで「乞食谷戸」に関する資料をお見せすると次のように答えてくれた。
「そんな呼ばれ方をされていたほどひどい所だったのですか?ちょっとこれからはこの町の見方が変わりそうです。でも特に気にはなりません」とのこと。

町を歩いてみても新興住宅が目立ち、昔の面影はないに等しい。そのせいか取材中、乞食谷戸の話に興味を持つ新しい住民が多かったのは、自分の町の知られざる過去の姿を発見できたからなのだろう。
 
 
 
取材を終えて
 
取材を続けながら、“男気” “義侠心” “お互い様”など、三楽の姿を思い浮かばせる言葉を多く聞いた。
当時谷戸に集まった人達は、社会というシステムに組み込まれるより、自分の気持ちに素直に生きたい、と言う人たちが多かったのかもしれない。そんな嘘偽りのない本音の生き方が、社会性のある人達からは忌み嫌われる存在となったのではないだろうか?

この谷戸の人たちには、「侠気と稚気、善と悪」の性格を併せ持っていたという、三楽の気質が受け継がれているのかもしれない。
 


谷戸の方を見つめて建つ三楽像

 
 
―終わり―
 

最初へ

前へ

1

2

3

次へ

最後へ

はまれぽアプリ
App Store
Google play


この記事どうだった?

面白かった 2088 面白くなかった 43

おすすめ記事


zuciさん2017年08月07日 15時18分
差別等ではなく、その土地その土地の歴史。その歴史を知れるのは面白い。ドンドン商店街から1国へ抜けるあたりだから、老松周辺。この辺りに友人も居るけれど、この歴史を知ったからと言って全く差別にもならないし、むしろルーツが知れて面白いと思います。
そう思う 48 そう思わなかった 0
バカ野郎解さん2017年04月01日 05時41分
よくまぁこんな地域差別を助長する記事を掲載するね。部落解放同盟の方が目にしたらカンカンに怒るだろうし、普通の人だったら読んでて不快に思うよ。
そう思う 25 そう思わなかった 285
よこはまだいすきさん2016年07月27日 19時02分
東京deep案内が引き合いに出されているようですが、あそこは初期の記事を読めばわかるとおり非常にゴシップ色が強く、偏見に満ちた取材態度で書かれた記事が多く、エキセントリックな写真だけで地域への踏み行った取材もなく偏見そのままに書き上げたそれこそ地域のイメージを毀損を目的とするようなものばかりです。一方本記事は歴史的経緯を紐解き、様々な地域住民への取材を欠かしておらず客観的取材態度を崩さないことに心を砕いていることが一目で見て取れます。この記事に書かれた様々な情報は我々に旧来の先入観一辺倒でない新たな視点をもたらすものではないでしょうか。こうしたスタンスの記事が増えることは興味本位のゴシップ情報への強いカウンターとして、非常に大きな価値があると私は思います。
そう思う 372 そう思わなかった 13